還暦を機に始めた撮影トレッキングに行ったネパールヒマラヤ・パキスタンカラコルム・ヨーロッパアルプス・日本アルプスなどの山岳写真のほか内外の風景写真を掲載しています。


by chusan8611
カレンダー
S M T W T F S
1 2
3 4 5 6 7 8 9
10 11 12 13 14 15 16
17 18 19 20 21 22 23
24 25 26 27 28 29 30
31

NO45青蔵鉄道&ナムチャバルワ2009

               CHUSANの写真ブログ《 感動発信! 感動共有! 》
                NO45:青蔵鉄道&ナムチャバルワ峰紀行2009
              ~世界最高のチベット鉄道と東ヒマラヤ名峰への旅~

旧チベット王国の《ラサ》から青海省の《西寧》まで《チベット鉄道》が敷かれることは、2006年5月にチョモランマ(エベレスト)・ベースキャンプからカイラスへの撮影の際、ナム・ツォ湖周辺で試運転列車が通過し、いずれ機会があれば、この鉄道に乗ってみたいと思っていました。また、東ヒマラヤの東端に聳える鋭鋒《ナムチャバルワ》の初登頂の様子が1992にNHKテレビで放映され、「ヒマラヤのマッターホルン」といわれる名峰もカメラに収めて見たいと思い続けていました。この二つの夢は、今年の5月に実現し、ここ5年ほど通い続けたチベットに新たなアルバムを加えることができました。
日本のテレビで《チベット天空列車》として放映された「青蔵鉄道」は、中国西部の青海省西寧とチベット自治区拉薩(ラサ)を結ぶ高原鉄道で、総延長1、956キロに及び、2006年7月に全面開通しました。私が乗車した列車は、西寧を夕方に出発し翌朝にラサに到着しました(乗車時間26時間)。一等寝台の個室(定員4人)車両は2両しか連結されず、外国観光客で満室だそうです。標高4,000m~5、000mのチベット高原を縦断する列車の旅はすばらしく、車窓から湖沼やヤクの放牧の草原、チャンタン高原に生息する《チベット・ノロバ》や《チベット・ガゼル》などの野生動物との出会いもあり、また、6,000m~7、000mの高峰の撮影など、すばらしい「大自然」を満喫した《高原列車の旅》でありました。
ナムチャバルワ峰(7782m)は、ヒマラヤ山脈の最東端に位置し、世界最高未踏峰として、世界中の登山家の垂涎の的でしたが、複雑な山容が生み出す劣悪な天候のため、長い間、最高未踏峰でした。しかし、ついに1992年10月、日本・中国合同隊により初登頂されました。その登頂記録はNHKから放映され、そのビデオテープを何度も見ながら、機会があれば、撮影したいと願望していました。当初の撮影プランでは、セチ・ラ峠(4,700m)に咲き乱れるシャクナゲの花をバックにナムチャバルワ峰を撮影する予定でしたが、私が撮影に入った5月中旬は、モンスーン(雨季)も近く、撮影場所の《セチ・ラ峠》には2日間通いましたが、雪と雲にさえぎられ、また、期待していたシャクナゲの花も峠では雪のため開花せず、期待していたシーンは撮影出来ませんでした。それでも、最終日の夕方近くに、雲間からナムチャバルワが雄姿を覗かせ、一時間ほど撮影ができました。
ナムチャバルワ撮影後、リンチェ(林芝)空港から「成都国際空港」までは、中国横断山脈の雪山を横断しましたが、快晴に恵まれ、ナムチャバルワをはじめ高峰群の大パノラマを満喫してきました。なお、今回の写真撮影ツアーは私の所属する写真クラブ《友山クラブ》の写友と共に出かけました(ここ5年ほどチベット通いをしていますが、チベット方面へはこのメンバーと一緒に出かけています)。

2009-7-30  加藤忠一記

d0091834_9403269.jpg

01*西寧駅舎:西寧駅前にて*成田空港から中国・成都空港に行き、一拍の後、同空港から今回のツアー出発地である《西寧》に向かい、西寧駅始発のラサ行き《青蔵鉄道》に乗車する。青蔵鉄道は「西寧発ラサ行」であるが、このほかに、同駅からは北京発・上海発・成都発のラサ行列車が出発する。西寧市は青海省の州都で人口200万人の大都会であり、出発までイスラム寺院の《東関清寺》や《チベット博物館》などを見学した。

d0091834_941119.jpg

02*チャンタン高原を走る青蔵鉄道列車:車中撮影*西寧~ラサ間の青蔵鉄道は、2006年7月に開通したが、その大半が海抜4000mを超える高地で、最高海抜はタングラ山(唐古拉山)付近の5068mである。この鉄道建設は大変な困難を伴う難工事で、作業員は重度の高山病で体調を崩し、また、この付近は冬になると土中の水分が凍って氷のようになる「凍土地帯」であり、夏にはそれが解けて一大湿地帯となる中での建設作業であったとのことである。

d0091834_9414037.jpg

03*青蔵鉄道列車の個室寝台:車中撮影*青蔵鉄道の車両はディーゼル機関車2両連結、客車20両編成であり、そのうち、一等寝台個室は2両であった。一般車両は、ラサへの巡礼客、商用客、国内観光客などで満員であり、個室寝台は外国人観光客に占領されていた。また、チベットの4000mの標高でも体調を崩さず快適な旅ができるように様々な工夫がなされている。たとえば、車両の窓は二重ガラスにして常に酸素調整を行い、かつ、必要に応じて使用できる酸素吸入器をベッド脇に備えている(写真右奥)。

d0091834_9415117.jpg

04*チベット高原を行く:車中撮影*青海鉄道の最大の魅力は、何と言ってもすばらしい雄大な風景である。運行ダイヤも、昼間に高原を通過し、乗客が車窓から美しい風景を満喫できるように配慮されている。

d0091834_942956.jpg

05*長江源流地点「トト河」:車中撮影*ここ《トト河》は中国大陸を横断する長江の源流である。この地点から幾筋もの流れが分岐と合流を繰り返しながら流れて行く。この源流から流れた水流は、青海省と四川省の境界を流れながら、遥か上海で太平洋に注ぐ。その距離は6、400kmとのことである。

d0091834_942207.jpg

06*羊と草原:車中撮影*この天空の地にも、羊やヤク、馬などの家畜を生活の糧とした人々の生活がある。とくに羊は、チベット遊牧民にとっては、文字通り「命の綱」であり、羊なくして彼らの生活はあり得ないであろう。チベット遊牧民は何世紀もかけ、この荒涼とした不毛の大地を開拓し、見事な緑豊かな草原を守って来たのである。

d0091834_9423120.jpg

07*ヤクの群れ:車中撮影*残雪の赤い大地に黒いモノが動いている。チベット高原のいたるところの生息する《ヤク》である。チベット遊牧民にとって羊と共にヤクは、大切な財産であり生活の糧である。標高4,000mを超える高地では、平地の牛は生息できないが、ヤクは逆に平地では生息できない。ヤクは「肉は食糧に」、「乳はバターやチーズに」、「毛皮は防寒具に」、「胃袋は渡り船に」、「糞は薪に」にと彼らの生活を支え、また、商品としても大切な現金収入となっている。

d0091834_9424049.jpg

08*ナムツォ湖:車中撮影*ナムツォ湖は、線路に近い場所にあり、まるで湖面を走っているような錯覚に陥る。この湖はめずらしい高原淡水湖の一つで、チベット族には、《神湖》として崇められている。美しい湖面には、時には、多くの鳥が飛び交い、周辺ではチベット・カモシカが水を飲みに来るという。この湖には、2006年5月にカイラス撮影の途中に高度順応のため湖畔に一泊した思い出の地であり、青蔵鉄道試運転列車を撮影したのもこの付近であった。

d0091834_942516.jpg

09*タングラ山脈:車中撮影*タングラ(唐古拉)山脈は、チベット地区と青海地区を分ける天然の境界線である。チベット語で《高原の山》を意味し、青蔵高原やウイグル自治区との境界にある崑崙山脈と連なり、その先は、タジキスタンやパキスタンとの国境である《カラコルム山脈》へと続いている。この日は、あいにくの曇り空で主峰《グラタンドン雪山6621m》は望見できなかったが、雄大な雪山がどこまでも連なっていた。

d0091834_943668.jpg

10*チベット・ノロバ:車中撮影*今回のツアーでの楽しみの一つが、ここ《ココシリ》を通過する際、「チベット・ノロバ」を車中撮影することであった。窓際から望遠レンズを装着しチャンスを窺がう。茶褐色の草原とロバの肌色が重なり見分けにくい。何度もチャンスを逃しながら、何枚か撮影成功した中のワンショットである。チベット・ノロバは、カイラスに行く途中(2006年)、チャンタン高原で撮影したが、大変に憶病で何頭かが集団を組み、車を停めドアーを開ける物音でも逃げ去ってしまう。

d0091834_943175.jpg

11*チベット・ガゼル(カモシカ):車中撮影*2007年に日本で公開されたドキュメンタリー映画「ココシリ」を見たが、その映画に映った「ココシリ高原」の四季に亘る美しさは、いまでも鮮明に残っている。この映画は密漁者の手から命がけで《チベット・カモシカ(チベット・ガゼル)》を守る誇り高きチベット族の男たちの物語であったが、チベット族の勇者の行動が感動を呼んだ。チベット・カモシカは中国の1級保護動物に指定された希少動物であるが、高価な毛皮を目当てに乱獲が行われ、極端に生息数を減らしているという。

d0091834_9432920.jpg

12*ラサ駅到着:拉薩駅にて*26時間をかけた自然の大パノラマを抜けて、終点「ラサ駅」に到着である。ラサは今回で3回目の訪問であるが、ラサ駅は初めてである。寝台車の寝心地はそれほど悪くもなく、多少、高山病症状で頭が重い程度で乗り切っての到着である。到着後、ラサのツアー会社スタッフ(若い美人女性)から「タカ」というまっ白い絹のスカーフを首に巻いてもらい大歓迎を受ける。

d0091834_94340100.jpg

13*ジョカン寺(大昭寺)通り:大昭寺通りにて*ラサにはナムチャバルワ峰の撮影に備え、高度順応を兼ね二泊する。宿泊ホテルはジョカン寺参道の近くである。到着後、高度順応をするためジョカン寺の撮影に出かける。日本の富士山頂上と標高が同じの《ラサ》では、酸素が平地の三分の二しかなく、高山病になりやすく、ゆっくり散歩しながら薄い空気に体を順応させることが大切である。

d0091834_9435783.jpg

14*五体投地礼:ジョカン寺(大昭寺)にて*ジョカン寺はチベット仏教の総本山である。そして、チベットの人々の心の拠りどころ、それが《チベット仏教》である。ラサの中心にあるジョカン寺の門前では、繰り返し「五体投地礼」をする巡礼者が絶えない。巡礼者たちは、このジョカン寺に来るまでの道中ずっと五体投地しながら幾つもの山を越え、着物も靴もボロボロになりながら、やっと「聖地」にたどり着いたのである。

d0091834_9441099.jpg

15*問答修行:セラ寺にて*セラ寺は、明治初頭にチベット仏教の経典を求めて、当時、鎖国であったチべットに潜入した日本人僧侶《河口慧海》が修行した寺として有名である。この寺には河口慧海の遺品が陳列され、彼の功績が紹介されている。このセラ寺で有名なのが《問答修行》である。僧侶たちが交代でゼスチャーたっぷりに演ずるアクションはかっこうの被写体である。

d0091834_9442339.jpg

16*ポタラ宮投影:ポタラ宮にて*地元のチベット族から「神の山」と呼ばれる小高い丘の上に、ラサの街を見下ろすように聳え立つポタラ宮は、歴代ダライ・ラマの宮殿である。午前中にポタラ宮広場の西端にある小さな池に投影されるポタラ宮を狙って撮った1枚である。

d0091834_9443561.jpg

17*ポタラ宮と参拝者:ポタラ宮にて*《ポタラ》とは、チベット語で「観世音菩薩の住むところ」という意味とのこと。歴代のダライ・ラマは観世音菩薩の化身で活仏とされ、チベット族の信仰対象とされてきたが、1959年3月、14世ダライ・ラマはインドに亡命以降、ポタラ宮は主を失ったままである。

d0091834_9444863.jpg

18*ポタラ宮全景:薬王寺にて*ポタラ宮は建物上部のエンジ色と下部の白壁とのコントラストが鮮やかで、遠くラサの町外れからもはっきりと見ることが出来る。ポタラ宮の撮影ポイントは何か所かがあるが、私は西端の薬王寺から手前に大きくチョルテン(仏塔)を入れ、やや斜めに切り取った構図が気に入っている。その美しさで《世界の屋根の真珠》と称えられるポタラ宮のスケール感を出すには、このポイントが最高かもしれない。

d0091834_945077.jpg

19*ヤムドク湖:ヤムドク湖峠にて*ラサ滞在2日目にラサの南、車で3時間ほどの距離に、チベット仏教三大聖湖の一つ《ヤムドク湖》がある。標高5000近い「カンパラ峠」から見る湖は、目の覚めるようなターコイズブルーであり、遠くに雪山も望見出来る。2005年チョモランマ・ベースキャンプ、2006年チョモランマからカイラス撮影の際にも、高度順応を兼ね訪れた思い出の地である。

d0091834_9451342.jpg

20*観光用のヤク:ヤムドク湖峠にて*青蔵鉄道が開通し気軽にラサに入ることが出来るようになったためか、最近はこの峠にも観光客が殺到し、観光客相手の商売が見られるようになってしまった。3~4年前に来た時には、湖畔の村々を訪ね、農作業や羊の放牧風景など写真撮影ができたが、今は、村の入口にゲートができ外国人は入村出来なくなってしまった。残念である。カンパラ峠に立つと往時の素朴な村人たちとの交流が甦った。

d0091834_9452449.jpg

21*畑を耕すヤク:ラサ郊外にて*5月中旬は丁度、畑おこしのシーズンで村人たちは大忙しである。この地にはまだ、農作業の機械化がなされず、ヤクや牛を使っての手作による農作業である。しかも、作業している人は老人ばかりで若い人たちは見当たらない。きつい農作業を嫌って都会に出て行ってしまうのであろう。チベットからも、こんな農村風景が消え去ってしまうのであろうか。

d0091834_9453740.jpg

22*雪模様のナムチャバルワ峰:セチ・ラ峠(4,700m)にて*今回のツアーの最大撮影ポイントは、東ヒマラヤに位置する鋭鋒《ナムチャバルワ》である。ヒマラヤ西端の高峰ナンガパルパットと同じく”魔の山”の名を冠し、インド洋からの劣悪な気象条件にも左右されることなどもあり、長い間、その聖域を頑として明け渡すことがなかった。しかし、1992年10月に日中合同登山隊によって初登頂された。翌年には、その登頂模様がNHKから「再挑戦!未踏峰 ナムチャバルワ」と題して放映され(1993-1-2)、その姿がスイスアルプスのマッターホルンに酷似していたことが印象的であった。その後、何回となく写真集その他でナムチャバルワを見るにつけ撮影したいという願望が強まった。今回は2日間に亘り、朝夕4回の撮影チャンスがあったが、初日と二日目の午前中は、生憎、撮影場所のセチ・ラ峠(4,700m)は雪で視界が悪く、ナムチャバルワの姿を見ることが出来なかった。

d0091834_9454929.jpg

23*シャクナゲの花:セチ・ラ峠下部にて*セチ・ラ峠は、春には全山が白・赤・ピンクなど色とりどりのシャクナゲの花で覆い尽くされ、その向こうには、ナムチャバルワが聳え立っているという。しかしこの年は、4月から5月にかけ低温続きで雪も多く、シャクナゲの開花が遅れているという。私が行った時も峠は雪が降り、峠付近のシャクナゲの蕾も固かった。開花中のシャクナゲは標高3000m付近の林の中でしか見られなかった。

d0091834_946047.jpg

24*雲間のナムチャバルワ山群:セチ・ラ峠にて*2日目の午後、多少期待できる空模様になったので、最後の撮影チャンスでもあり、撮影ポイントのセチ・ラ峠に急行した。しかし、期待も空しく雲が厚く、ナムチャバルワは姿を現さず諦めかけた頃、主峰(7,782m)付近の雲が急に切れ始め、間もなく主峰はじめ連峰がその姿を現した。

d0091834_9461287.jpg

25*ナムチャバルワ峰全景:セチ・ラ峠にて*夕方近くになり、暫くすると、ナムチャバルワの連峰が姿を見せはじめた。しかし、依然として、頂上付近は鉛色の雲に覆われ、青空をバックに聳え立つ雄姿を期待したが、そのシーンはかなえられなく、また、夕日に染まる姿も見ることが出来なかった。それにしても、墨絵模様のナムチャバルワではあったが、最後に全容でも見ることが出来たことに感謝しなければなるまい。なお、写真右端の高峰がナムチャバルワ主峰(7,782m)で、前記の日中合同登山隊は主峰左直下にC5(6990m)を設営し一挙に頂上をアタックしようとしたが、強風と深雪に阻まれ、頂上直下でビバークしての初登頂となった。

d0091834_9462330.jpg

26*リンチェ(林芝)空港:リンチェ(林芝)空港にて*ナムチャバルワ撮影をした翌日は雲ひとつない快晴で、ニンティ(林芝)空港からの中国横断山脈の空撮を楽しんだ。成都行きの航空機は乗客も少なく2時間ほどのフライト中、左右に展開される横断山脈の山並みを思う存分に楽しみ撮影できた。

d0091834_946369.jpg

27*リンチェ(林芝)の山村風景:空撮*離陸して間もなくニンティ(林芝)の村が見えてくる。谷間に開けた斜面には野菜や菜の花の黄色い色合いに埋め尽くされ、長閑な山村風景を見せてくれた。

d0091834_946484.jpg

28*東ヒマラヤの高峰群:空撮*ニンティ(林芝)を旋回後成都に向かった飛行機からは東ヒマラヤや中国横断山脈の高峰が次々に飛び込んできた。写真右奥には昨日撮影したナムチャバルワが見えてきた。中央やや高く聳え立つのが主峰で盛んに雪煙を上げていた。

d0091834_947018.jpg

29*ナムチャバルワ峰:空撮*ナムチャバルワが最も近くになった時に望遠レンズで何枚かを切り取ってみた.頂上付近から盛んに雪煙を上げているのが確認できる。なお、この写真をはじめ空撮写真は、飛行機の窓が汚れたり、キズがあったりしてくっきりとは写っていない。もっとも、この時期の空は多少霞んでいて、はっきりしないせいかもしれない。

d0091834_9471131.jpg

30*中国横断山脈1:空撮*中国横断山脈に入るとたくさんの湖と雪模様のユニークな山並みを見ることが出来た。

d0091834_9472250.jpg

31*中国横断山脈2:空撮*何枚もの雪模様の山並みを撮影したが、この枚がお気に入りで、自然の造形美を彷彿とさせる一枚である。

d0091834_9473382.jpg

32*成都郊外:空撮*成都上空に差し掛かると郊外のマンション群が現れる。いま、世界中が不景気で泣かされている中、インドや中国は経済成長が高く、とくに最近になり、不動産事業が活発で、マンションラッシュが起きているという。この1枚がそれを物語っているのであろうか。

d0091834_9474312.jpg

33*成都空港:成都空港にて*リンチェ(林芝)空港から2時間ほどのフライトで成都国際空港に到着した。上海や北京もそうだが、成都もどんよりとしたスモッグに覆われ、晴れることがほとんどないという。チベットの青空と澄んだ空気を懐かしく感じながらの着陸であった。

                 以上
[PR]
by chusan8611 | 2009-07-31 10:30 | 世界の山岳風景