還暦を機に始めた撮影トレッキングに行ったネパールヒマラヤ・パキスタンカラコルム・ヨーロッパアルプス・日本アルプスなどの山岳写真のほか内外の風景写真を掲載しています。


by chusan8611
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(58)ナンガ・パルバット:トレッキング紀行2001

CHUSANの写真ブログ《 感動発信! 感動共有! 》
NO58:ナンガパルバット・トレッキング紀行2001

私が《ナンガパルバット》というヒマラヤの巨人を知ったのは、深田久弥著「ヒマラヤの高峰・第三巻」を読んだときでした。深田久弥はナンガパルバットにつき「ナンガパルバットは高さ世界第九位であるが、古くから有名なことでは、エヴェレスト、カンチェンジュンガに比肩する。ヒマラヤ登山史上、最も劇的な波乱を生んだ山で、七回の企ての後ついに登頂されたが、その間に実に31人の人命を失った。一時は「魔の山」と呼ばれて、勇敢なシェルパさえその登山隊に加わることを躊躇したくらいであった。・・・」と述べています。

その後、登頂記や人類初の8000m峰完全単独行に成功したラインホルト・メスナーの「ナンガ・パルバート単独行」を読み、ますますこの巨峰を撮影したいと思い続けました。それから、《千葉工大ナンガ・パルバット登山隊》坂井広志隊長(私の知人であり、登頂記の著者)の登頂記を読み、ますますナンガパルバットへの撮影意欲が高まりました。

2001にヒマラヤ観光のツアーでその希望を叶えることが出来ました。高峰《ナンガパルバット》の作品はH/Pなどで紹介済みであり、本ブログでは、トレッキングの様子を中心に投稿しますのでご高覧下さい。
2009-11-20  加藤忠一記

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01*棚田風景1:パキスタン・ターコットにて*ナンガパルバットへのルートは、インダス川沿いをラワルビンディから《ラキオット》まで遡る。途中の平野は、稲作が行われており小さな棚田が見られた。

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02*棚田風景2:パキスタン・ターコットにて*ポプラの木々が見えなければ、日本の米どころの棚田にそっくりである。こんな棚田風景がしばらく続いていた。

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03*洗濯風景:パキスタン・ターコットにて*インダス川の小さな支流を俯瞰すると、川辺で洗濯する人々が見え、河原には色とりどりの洗濯ものが干されていた。

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04*飾り付け自転車:パキスタン・ターコットにて*パキスタンの飾り付けトラック・乗合バスには驚かされるが、少年の乗る自転車まで飾り付けられているのにはビックリである。

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05*インダス川を遡る:パキスタン・ペシャム郊外にて*ナンガパルバットへは、カラコルム・ハイウェイを途中二泊しながら《ラキオット橋》までインダス川を遡って行く。チベットの台地を水源地としてアラブ海に注ぐ大河《インダス川》に沿って造られた道をどこまでも遡って行く。

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06*インダス川の流れ:パキスタン・ペシャム郊外にて*ペシャムで一泊したが、ホテルの裏に出てみるとインダスの大きな流れが見えた、この付近は標高が低いためかブーゲンビリアの花が綺麗に咲いていた。

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07*オアシスの村:パキスタン・ミナピン村にて*インダス川沿いの台地は、ほとんどが砂漠地帯特有の荒れ地であり、人の生活は見られない。それでも深い谷の上に緑の大地が広がり、オアシスの村も散見される。ここ《ミナピン村》は、ディラン:ラカポシに行く時のベースの村である。

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08*峠を行くトラック野郎:パキスタン・ギルギット郊外にて*ナンガパルバットの展望できる峠へは急坂を登って行く。カラコルム・ハイウェイの《トラック野郎》も息絶え絶えである。

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09*ナンガパルバット展望台:パキスタン・ギルギット郊外にて*ナンガパルバット展望台に着くと大きな岩の看板が立っている。「Look Behind Nangaparbat:NANGAPARBAT HEIGHT
26660」と刻まれた文字が見える。

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10*ラキオット橋:パキスタン・ラキオットにて*ラワルビンディから二泊して漸くナンガパルバット基地の《ラキオット橋》に到着する。画面右インダス川に架かる橋がラキオット橋であり、橋左がジープ乗り場である。

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11*ジープ乗り場:パキスタン・ラキオットにて*ここジープ乗り場からジープに乗り換え、V字谷をタト村まで一時間をかけて行く。ジープは定員4人乗りに三人で乗車する。

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12*巨石群のV字谷を行く:パキスタン・ラキオットにて*ラキオット橋のジープ乗り場を出ると巨石群のガレ場のような細い道をジープは走る。高さ10m・重さ何トンもの巨石が横たわっている。こんな巨石が崩落してきたら、こんなジープなど木端微塵である。

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13*V字谷を行く1:パキスタン・タト村にて*ジープの左側は断崖絶壁である。泥道はジープの車幅一杯に造られ、ハンドルを切り損なえば、千尋の谷へ真っ逆さまに落ちて行く。

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14*V字谷を行く2:パキスタン・タト村にて*私は前席左に座ったので、右カーブごとに体半分が谷底に押し出され、思わず《南無阿弥陀仏!》である。

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15*運搬荷物の仕分け:パキスタン・タト村にて*タト村に到着すると早速にポーターの親方が運搬荷物の仕分けを行う。その場で運賃と荷物を手際よく渡して行くが、何人かは仕事にありつけなく不満顔であった。

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16*ポーターの長老と共に:パキスタン・タト村にて*ポーターの親分とのワンショットである。立派な髭をはやした貫禄のある親分である。

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17*ポーターの出発風景:パキスタン・タト村にて*カメラザックやテント機材など担当の荷物を背負って出発である。ポーターは必ず《ダンナ》であるわれわれの後ろを歩き、主人が声をかければすぐにそれに答えなければならない。ここタト村からはラキオット氷河から流れるラキオット川を下に見ながら登り坂が続く。メルフェン・ヴィーゼのテントキャンプ地までは徒歩3~4時間の行程である。

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18*キャンプ地(メルフェン・ヴィーゼ目指して:パキスタン・タト村にて*ここタト村からはラキオット氷河から流れるラキオット川を下に見ながら登り坂が続く。

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19*ラベンダーの原種:パキスタン・メルフェン・ヴィーゼ付近にて*この付近は砂地やガレ場が多く、乾燥地帯のため砂漠地帯で見られるような植物が多く、この植物も《ラベンダー》の仲間かもしれない。

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20*メルフェン・ヴィーゼ(お伽の牧場)のキャンプ地3200m:パキスタン・メルフェン・ヴィーゼにて*メルフェン・ヴィーゼのテント地3200mに到着すると奥にラキオット氷河は広がり、その上に大きな山容のナンガパルバットが聳え立っている。

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21*ラキオット氷河:パキスタン・メルフェン・ヴィーゼにて*ナンガパルバットから流れ出たラキオット氷河である(画面中央)。メルフェン・ヴィーゼのキャンプ地から見えるこの氷河は、周囲の斜面から崩れ落ちる岩砂に覆われ、まさに《ブラック・グレイシャー:Black Glacier》である。深いクレパスや高いセラック(氷塔)が多く、夜中にテントで寝ていると、大きな崩落音で何度も目覚めさせられた。

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22*メルフェン・ヴィーゼからのナンガパルバット全景:パキスタン・メルフェン・ヴィーゼにて*この山は《裸の山》といわれるように、ほかのヒマラヤの巨峰と違い、完全な独立峰(例えばエヴェレストは横にローツェ8511m、前にヌムツェ7855mを従えている)である。なお、画面下に見える氷河はナンガパルバット源流の《ラキオット氷河》である。

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23*ナンガパルバット8126m・Nanga Parbat:パキスタン・メルフェン・ヴィーゼにて*雲間にわずかに頂上を見せ始めたナンガパルバットの雄姿である。インダス河の谷の上に聳え立ったその山容の雄偉壮大なことは、ヒマラヤの一流中の一流の高峰である。

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24*雲行くナンガパルバット:パキスタン・メルフェン・ヴィーゼにて*ナンガパルバットは1953年にドイツ・オーストリア隊によって初登頂されたが、それまでに総勢31名がこの山で消えていった。とくに1934年は9名、1934年は16名が命を絶っている。そんな犠牲の果てに、1953年伝説的登山家《ヘルマン・ブール》が単独で初登頂をした。ヘルマンは、この写真のような稜線を下山の途中、日が暮れて寝袋もビバークザックや身を確保するザイルもなく、大きな凍傷を負いながらも無事下山を果たした。

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25*撮影を終えて(スナップ):パキスタン・メルフェン・ヴィーゼにて*それにしても、《ナンガ・パルバット》はなんと懐の深い大きな山容のある独立峰・裸の山であろうか。残念ながら《赫光》の山容は撮影できなかったが、頂上付近や山稜に雲の飛翔する様子は何回となく撮影できて大満足であった。
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by chusan8611 | 2009-11-19 21:12 | ヒマラヤ・トレッキング