還暦を機に始めた撮影トレッキングに行ったネパールヒマラヤ・パキスタンカラコルム・ヨーロッパアルプス・日本アルプスなどの山岳写真のほか内外の風景写真を掲載しています。


by chusan8611
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(41)カンチェンジュンガ&マカルー紀行1999

CHUSANの写真ブログ 《 感動発信! 感動共有! 》
NO41:カンチェンジュンガ&マカルー紀行1999

《カンチェンジュンガ》という山名は、チョモランマ(エヴェレスト)と共に語感が良く、私の好きな山の一つです。ネパールとインド・シッキム州の国境に聳えるこの高峰は、1850年ごろまでは「世界最高峰」の山と考えられたほど実に山容の大きな山です。ヒマラヤ山脈の最東端に位置するのがカンチェンジュンガ峰で、成田からネパール・カトマンズ空港に行く途中、カトマンズ空港が近づくと、飛行機の右窓側に飛び込んでくるのがこの高峰です。1997年のヒマラヤ巡礼のとき、飛行機から見たヒマラヤ山脈でも、この山は特に印象深く、いつの日か撮影したいと思っていました。

カンチェンジュンガ(Kangchenjunga)はエヴェレスト(8848m)、K2(8611m)に次ぎ、世界第三位の高峰(8586m)です。ヒマラヤ巡礼をはじめた1997年にはエヴェレストを撮影したので、いつかは、カンチェンジュンガと決めていました。丁度運良く、ヒマラヤ観光の宮原社長から誘いがあり、川口邦雄先生(日本山岳写真協会長:友山クラブ代表)の撮影ツアーに同行出来ました。川口先生とは1997年のエヴェレストや1998年のマナスル撮影行でもご一緒でした。川口先生とはこれらのツアーがご縁でお付き合いがはじまり、その後、「日本山岳写真協会」や「友山クラブ」などへ入会し、本格的な山岳写真撮影を始めました。

撮影場所はネパール・インドの国境近くの《チョーキ・Chouki:3000m》という村の小学校の校庭をキャンプ地にしました。この村の小高い丘(バティバラ)に登ると右手にカンチェンジュンガ山群、左手にはエヴェレスト山群が望見され、とくに、マカルー(Makalu 8463m 標高世界第5位)がエヴェレストの門番のように立ちはだかっていたのが印象的でした。幸い、天候にも恵まれ、思う存分に、朝夕の山群撮影もできましたし、チョーキ村の村人たちとの交流も素晴らしいものでした。
   2008-12-15  加藤忠一記

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01*ビラトナガール空港到着:ネパール・ビラトナガール空港にて*カンチェンジュンガ山群はネパール・インド国境に位置しており、ネパール・カトマンズから国内線を利用する。出発基地は《ビラトナガール》でここからは専用マイクロバスにて宿泊地《ダンクタ》を目指す(所要時間4時間)。

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02*青空果物市場:ヒレの村にて*ダンクタのホテルにて一泊後、登山基地《パサンターブル》を目指すが、途中、道路端の青空果物市場に立ち寄り、大好きなミカンなどを買い求める。市場を開いているのは村のおばさん達でニコニコしながら試食などサービスをしてくれる。袋いっぱいに詰めてもらっても100円と大安売りである

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03*キャンプ地目指して出発:パサンターブルにて*専用マイクロバスはパサンターブルまでで、ここでシェルパ・ポーターたちと合流し、草原のキャンプ地《チョーキ》を目指して出発する。各人のカメラ機材(ザック重量15~20kg)は個人雇用のポーターに背負わせるので身軽でトレッキングが出来る。

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04*トレッキング風景:パサンターブルにて*トレッキング道は土砂道で山岳民族の生活道路のため比較的歩きやすい。石楠花の林を抜け、上り下りをくり返しながらキャンプ地を目指す。

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05*カルカ(牧場)での昼食:パサンターブル近郊にて*途中の昼食はカルカ(牧場)の一角で摂る。もちろん、専用のコックやキッチンボーイがいるので、料理が出来上がるまで付近を散策する。

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06*ポーターたちの笑顔に囲まれて:パサンターブル近郊にて*ポーターたちは、トレッキング出発地のパサンターブル近郊の村々から、サーダー(シェルパ頭)が集めてくる。サーダーもポーターに背負わせるカメラ機材などは高価であることを心得ていて、信用のおける知人たちを採用しているようだ。みんな人の良い若者である。ポーターの労賃はこのツアーで(1999年)一日500円と安い賃金である。それでも現金収入のない山岳民族にとっては貴重な現金収入である(労賃はその後値上がりし、今では1500円から2000円程度と聞いている)。

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07エヴェレスト山群見ゆ:シドアにて*行く手の左手奥に待望の《エヴェレスト山群》が見えてきた。しばらく立ち止まって食い入るように眺めていた。カンチェンジュンガ山群は右手奥かも知れない。

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08*樹間のマカルー:シドアにて*暫くするとマカルー(写真中央)やチャムラン(7319m・写真左)などエヴェレスト山群が樹間に見え隠れし始めてきた。

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09*塩運搬のヤクが行く:シドアにて*塩は生活に欠かせない貴重品である。チベットなどで採れた塩はヤクに背負わせネパール山間部の村々まで運搬される。

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10*バッテイ(茶店)にて:ドゥール・パニにて*小さな村に近づくと《バッテイ》という茶店がいくつか見られる。ここでは地元民に軽食や飲み物が販売されている。

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11*塩運搬基地:チョーキ近郊にて*歩き始めて7~8時間でキャンプ地の《チョーキ》が見え始めてくる。村の手前では塩運搬のヤクたちの休憩所は見えてきた。写真手前の小さな山盛りは燃料用のヤクの糞である。この付近は薪が乏しく、ヤクの糞は貴重な燃料である。

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12*キャンプ地風景1:チョーキにて*キャンプ地はチョーキ村の小学校の校庭を借りることとなった。ここは、エヴェレスト山群のビュー・ポイントで、マカルーやチャムラン、ローツェ、エヴェレストなど屹立のヒマラヤ高峰が遠望できる。

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13*キャンプ地風景2:チョーキにて*この小学校は村の一角で、地面が平で水汲み場も近く、テント宿泊地としては最高の場所である。また、撮影ポイントの《バティバラ》は歩いて一時間ほどの距離であり撮影にも最適地である。

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14*チョーキ村にて*チョーキ村は戸数数十件の小さな山村である。放牧で生活している山村で、われわれが到着すると見物にやってきた。こちらも早速に村探検に出かける。

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15*母子仲良く:チョーキ村にて*路端では母子が仲良く体拭きをしていた。この地でも風呂の習慣がなく、一日一回の体拭きをしているようだ。母子の表情に魅せられワンショット。

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16*チャンで一杯:チョーキ村にて*村風景を撮影していると一軒の家から声をかけられた。家の中に入ると、「先ずはお近づきの印に一杯どうぞ!」と地酒の《チャン》を飲まされた。筒型の容器に入ったお酒をビール感覚で飲んでいた。

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17*エヴェレストの見える小学校の朝礼:チョーキ村にて*ネパールでもエヴェレストの見える小学校なんてそうはないはずである。こちらは大感激であるが、先生や生徒たちはヒマラヤには見向きもしない。

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18*エヴェレストを見ながらの朝食会:チョーキ村にて*早朝からの撮影を終えて朝食となる。グランドにシーツを敷いての朝食会であるが、コックが日本食風にアレンジしてくれた食事は思いのほか美味である。なによりも素晴らしいのは、ヒマラヤを見ながらの食事会である。

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19*撮影ポイント:バティバラにて*撮影ポイントは、キャンプ地から上り坂一時間ほどの小高い丘である。ここに立つとカンチェンジュンガやマカルーが目の前に屹立している。写真はカンチェンジュンガ山群。

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20*雲乱舞とチョルテン(仏塔):バティバラにて*撮影ポイントの丘には、チョルテン(仏塔)が建てられ、タルチョ(祈祷旗)がたなびく。この丘は地元民が祈りに来る神聖な場所である。上空は強風が吹き荒れているのか、雲が乱舞しながら走り去って行った。

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21*曙光マカルーとエヴェレスト山群:バティバラにて*撮影は朝4時起床、撮影機材点検の上、コックの入れてくれたモーニンググ・ティーを飲んでからテントを出発。三脚を立て、カメラ点検をする間もなく、曙光がマカルーの頂上に射し込んでくる。これから30分が勝負どきである。写真右からマカルー:Makalu 8463m,ピーク6:Peak6 6739m(マカルーの左、小さな三角型の雪のピーク)、エヴェレスト:Mt Everest  8848m、ローツェ:Lhotse 8516m、チャムラン:Chamlang 7219m(一番左、細長い山稜)である。
 
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22*赫光マカルー Makalu 8463m:バティバラにて*撮影二日目の早朝は大興奮ではじまった。マカルーの頂上に帯状の雲が広がり始め、その雲に赫光が射し込み、上空の空も真っ赤に染め上げて行った。シェルパやポーターたちもめったに見られないシーンとのこと。“これぞ!ヒマラヤの朝焼け”である。

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23*朝陽のエヴェレスト山群:バティバラにて*早朝のドラマのドラマはわずか数分で終了してしまう。その後は平凡なカラーの世界になってしまう。

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24*赫光のチャムラン Chamlang 7319m:バティバラにて*マカルーが真っ赤に燃え上がると、次いで、その左に位置するチャムラン峰にも赫光が届き、山肌が三段色に染め上がって行く。

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25*白いチャムラン:バティバラにて*赫光が過ぎ去るとチャムラン峰も、たちまちの内に白い世界に変色してしまう。チャムラン右上のエヴェレストの上空には二つの小さな雲が湧き上がって来たのが印象的であった。

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26*朝焼け:バティバラにて*バティバラの丘の東空では、快晴の早朝に朝焼け雲が現れる。明けきらない山稜がシルエットに浮かび、その上空が何段もの雲に染め上がって行く。

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27*朝焼けに燃え上がるカンチェンジュンガ Kangchenjunga 8586m:バティバラにて*東空から朝日が昇り始めると、カンチェンジュンガも赤く燃え上がる。丁度、その頂上に形の良い笠雲が差しかかり、その笠雲に光が射し込み、笠雲が雄叫びを上げ始めた。「ヒマラヤでもめったにしか見られない朝焼けだ!」とシェルパたちが言っていた。

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28*白雲舞い上がるカンチェンジュンガ:バティバラにて*この峰の朝焼けショーも数分で終了し、その後には白い雲が踊り猛っていた。写真左はジャヌー:Jannu 7710mである。

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29*残照に染まるカンチェンジュンガとジャヌー:バティバラにて*バティバラの丘の撮影では、夕方になると雲に覆われることが多く、エヴェレスト山群やカンチェンジュンガは夕照に染まることは少なかった。それでも、下山前日の夕方、待望の夕陽に染まるカンチェンジュンガを見ることが出来た。朝焼けのように強い光ではないが、山肌がやわらかな残照に染まる様もすばらしい。写真左の奇峰はジャヌーである。

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30*空撮:エヴェレスト山群*撮影終了後、ビラトナガール空港からカトマンズに帰る途中、空港を飛び立つとすぐにヒマラヤ山脈が飛び込んでくる。すぐ近くに、ヒマラヤ山脈東端のカンチェンジュンガが見える。間もなくエヴェレスト山群が見えてきた。写真中央、雲上がるのがエヴェレスト、その右がローツェである。 航空機からのヒマラヤ山脈大展望はいつ見ても感動である。   

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31*撮影スナップ:カンチェンジュンガを撮影する(写真右端):1999/10:ネパール・チョーキ・バティバラ3500m* 《完》
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by chusan8611 | 2008-12-16 11:33 | ヒマラヤ・トレッキング