還暦を機に始めた撮影トレッキングに行ったネパールヒマラヤ・パキスタンカラコルム・ヨーロッパアルプス・日本アルプスなどの山岳写真のほか内外の風景写真を掲載しています。


by chusan8611
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カテゴリ:世界の山岳風景( 20 )

CHUSANの写真ブログ 《 感動発信! 感動共有! 》
NO43:ニュージーランド紀行2009
~マウント・クックからミルフォード・サウンドへの旅~

私の写真撮影山旅は、いままで、ヒマラヤ山脈やカラコルム山脈、中国横断山脈、ヨーロッパ・アルプスなど「北半球」に位置する山々での撮影が多く、いつの日か、「南半球」の山を撮影したいと思っていました。この1月中旬にその機会が訪れ、ニュージーランド南島にあるサザン・アルプスの名峰《マウント・クック Mt・Cook 3754m:ニュージーランド最高峰》を撮影してきました。実は、オーストラリア・ブリスベンに次女が居住していることから、たびたび同国を訪れ、その機会を利用して《タスマニア島》などを撮影してきましたが、今回は、オーストラリアからニュージーランド南島に入り、ランドクルザーを走らせながら、11日間にわたり同島をほぼ一周する旅をしてきました。 
ニュージーランドといえば、《森と湖、羊の国》という印象ですが、たしかに、森と湖水に囲まれ、人口(人口400万人:国土は日本の四分の三)の数倍もの羊王国で、何処に行ってもルピナスが咲き乱れる牧場の連続でした。
オーストラリア・ブリスベンからニュージーランド・クライストチャーチに入り,南島のほぼ中央部から北西部を縦断し、マウント・クックをはじめサザン・アルプスの山並みや氷河の撮影をしながら、フィヨルドで有名なミルフォード・サウンドの一泊クルーズを楽しんだりして来ました。その何枚かの作品を投稿しますのでご高覧ください。
2009-3-15  加藤忠一記

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01*クライストチャーチ・大聖堂:クライストチャーチにて*今回の旅はオーストラリア・ブリスベンで1週間滞在した後、ブリスベンからニュージーランド南島の《クライストチャーチ》に入り、帰りも、ここからブリスベンに帰った。南島最大の人口をもつクライストチャーチは、南島中央部に位置し、ニュージーランドでも北島のオークランド、ウエリントン(首都)に次ぐ国内第三の都市である。町の中心にある大聖堂に象徴されるように、ここは《イギリス以外で最もイギリス的な町》と形容される。ニュージーランドはかってイギリスの植民地であり、今でも国家元首はエリザベス女王である。

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02*花が咲き乱れるテカポ湖:テカポ湖にて*クライストチャーチからマウント・クックに向かう途中、深いターコイズブルーをたたえた湖《テカポ湖:Lake Tekapo》がある。湖面の向こうにはサザン・アルプスの山並みが聳え湖面に反射していた。この時期はルピナスの花も散ってしまっていたが、この湖はニュージーランドを代表する美景である。

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03*湖面鮮やかなプカキ湖:プカキ湖にて*テカポ湖を過ぎてしばらくすると,湖面が美しいプカキ湖(Lake Pukaki)が見えてくる。湖面はミルキー・ブルーと呼ばれる独特な色で、テカポ湖とは違った美しさがある。湖面の向こうにはサザン・アルプスの名峰《Mt・Cook》が投影されていた。

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04*マウントクック飛行場のスキー・プレインへ:マウント・クック飛行場にて*マウント・クックの宿泊基地《ハーミテージ・Hermitage》に到着後、天候が快晴であったので、急遽、マウント・クックへの遊覧飛行に出かける。空港ガイドによれば、この地は快晴が少なく、ヘリコプターや小型飛行機の遊覧飛行もチャンスが少ないという。

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05*空撮 マウント・クックとタズマン氷河湖:スキー・プレインにて*マウント・クックと氷河遊覧飛行は8人乗りの小型飛行機で70分の遊覧を楽しむ。飛行場を飛び立ってすぐに、正面上部に名峰《Mt・Cook 3754m》が見え、左下にタズマン氷河湖が見えてくる。

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06*フランツ・ジョセフ氷河に着陸:フランツ・ジョセフ氷河にて*飛行場を飛び立って、しばらくはサザン・アルプスの山並みのすぐ上を飛行し、氷河の真上を旋回しながら最初の着陸地点《タズマン氷河・Tasman Glacier。標高2000m》に着陸し、10分ほどの休憩後、次の着陸地《フランツ・ジョセフ氷河:Franz Josef Glacier》に着陸する。小型飛行機の車輪にはスキーを着けているのでスムーズな着陸である。ここフランツ・ジョセフ氷河(標高2500m)は、岩肌も荒々しい山並みが周囲を囲んでいる。氷河上を散策したが、快晴の午後4時頃のため気温が高く、歩くと膝までめり込んでしまう。ここでは、パイロットがグループ単位に記念スナップを撮影してくれるサービスがあった。

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07*サザン・アルプスの山並みと氷河:スキー・プレインにて*フランツ・ジョセフ氷河では20分ほどの休憩の後、マウント・クックやマウント・タズマンを眺めながら、サザン・アルプスの山並みの遊覧をして70分ほどの飛行を終え、マウント・クック飛行場へ帰りつく。 

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08*ヒラリー卿像とマウント・クック:ザ・ハーミテージ・ホテル前にて*ザ・ハーミテージ・ホテル前の展望台にはオークランド出身のエドモンド・ヒラリー卿の銅像が建ち、その向こうには名峰マウント・クックが聳え立っている。エドモンド・ヒラリーはエヴェレストの初登頂者として有名な登山家であり、ニュージーランドの英雄である。彼の功績を讃えた記念館がホテル内に設けられ、彼の使用したピッケルなどの登山用品が展示されている。

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09*朝のマウント・クック峰:ザ・ハーミテージ・ホテル前にて*マウント・クック峰のベースであるザ・ハーミテージ・ホテルには3日間滞在し、朝夕のマウント・クック峰の撮影や氷河遊覧飛行、周辺ハイキング、タズマン氷河湖ボートなどを楽しんできた。朝のマウント・クック峰は、いろんな形の雲が頂上付近に飛来しては飛び去って行った。

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10*赫光のマウント・クック峰:ザ・ハーミテージ・ホテル前にて*アオラキ/マウント・クックはニュージーランドの最高峰(標高3754m)であり、最も人気の高い秀峰である。《アオラキ・Aoarki》とはマオリ語で「雲を突き抜ける山」を意味しており、一般的に英語名の《マウント・クック・Mt Cook》と併記される。この山を中心に標高3000mを超える18のピークと、谷間を埋める数多くの氷河によって形成されるサザン・アルプス山脈は、まさに、《南半球のアルプス》の名にふさわしい。

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11*氷河ボート遊覧:タズマン氷河湖にて*ハーミテージ・ホテル滞在中は連日快晴に恵まれ(ガイドの話では、ここは多雨地帯で快晴の日が続くのは珍しいという)、半日ほど《タズマン氷河湖ボート遊覧》に出かけた。基地から一時間半ほど歩くと氷河の畔に着く。ここでライフジャケットを着装し、2時間ほどのボート遊覧がはじまる。ボートには10人ほどが乗船しガイドがタズマン氷河湖の説明を種々してくれる。ボートは氷河のすぐ傍に行ってくれる。この氷河は一番新しいもので、氷の塊が青白く輝いていた。

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12*崩れ落ちた氷塊:タズマン氷河湖にて*氷河の末端か崩壊し、いろんな形の氷塊が氷河湖に浮かんでいる。その色や形はまちまちで、ガイドはいつごろに崩壊した氷河であるかを説明してくれる。この手前の氷塊は新しく、2日~3日ほど前に崩壊した氷河で奥の氷河は古いという。

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13*崩れ落ちた氷塊2:タズマン氷河湖にて*湖上に浮かぶ氷河は、全体の四分の一程度が水面に出ており、大半は水中に沈んでいるという。氷塊の形や色合いもまちまちでこの氷塊は、高さが目測で20mほどであった。

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14*氷河の舌端(末端)を見る:タズマン氷河湖にて*タズマン氷河の舌端(末端)は深く切り込んでおり、崩壊面(壁)は青白くむき出しになっている。氷河の舌端(末端)は高さ30m~40mほどで切り口の上は厚いモレーン(砂利などの堆積物)で覆われている。ボートはすぐ近くまで近づいてくれるが、時々、氷河が崩壊する音や水しぶきが望見された。

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15*クイーンズタウン点描:ボブズ・ピーク展望台にて*風光明媚なニュージーランド南島の中でも、特に一年を通じて国内外の観光客が多く訪れるのがクイーンズタウンである。荘厳に聳え立つ山々に囲まれ、美しくきらめくワカティブ湖畔には《ビクトリア女王に相応しい》と名付けられた町が広がる。

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16*:コロネットピークに広がる彩雲:ワカティブ湖畔のマンションにて*ワカティブ湖畔のマンションからは真下に湖が広がり、その上にコロネットピークなどの山並みが見える。マンションのベランダから朝の日の出時の撮影をしていると、日の出直前に上空の雲が輝きはじめ、見事な《彩雲》が出始めた。

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17*先住民族マオリのパフォーマンス:ボブズ・ピーク展望台にて*ボブズ・ピーク展望台では、いろんな娯楽施設が整い、先住民族《マオリ》の人々によるショー「キーウィ・ハカ Kiwi Haka」では、歌や踊りのパフォーマンスを見ることが出来る。ショー終了後、マカオの出演者たちとの交流があり記念撮影にも応じてくれる。
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18*先住民族マオリのパフォーマンス:ボブズ・ピーク展望台にて*「ハカ」は、マオリ男性によって戦闘の前に行われる踊りの儀式で、ラクビーの国際試合で《オールブラックス》が披露するパフォーマンスが有名である。腹の底から強い声を出し、自分の魂を映し出すために目を大きく見開き、舌を突き出して相手を威嚇する勇者の顔が印象的であった。

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19*蒸気船TSSアーンスロー号のクルーズ:クイーンズタウン・ワカティブ湖にて*クイーンズタウンの町が面するワカティブ湖は細長いSの字を描いたような氷河湖で、昼間晴れていると湖面がコバルトブルーに輝き何ともいえない美しさが現出される。この湖では《蒸気船クルーズ》を楽しむことが出来る(画面右に煙を出しているのがTSSアーンスロー号である)。

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20*蒸気船TSSアーンスロー号が行く:クイーンズタウン・ワカティブ湖にて*《湖上の貴婦人》と称されるTSSアーンスロー号は、1912年に造られた二輪スクリューの蒸気船で、遠隔地に住む住民や家畜の輸送に使われていた。石炭が燃料の客船としては南半球唯一の存在とのこと。船内では飲み物や軽食も用意され、蒸気機関も公開され、石炭の投入やピアノの生演奏で日本の歌なども披露してくれた。

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21*庭の美しいB&B宿泊宅:テナウ・Te Anauにて*今回の旅では10泊であったが、宿泊はホテル・アパートメント(マンション)・B&B・などに泊った。ホームスティのような楽しい雰囲気のB&Bでは、個人の家が解放され、数組の宿泊客と談笑しながらの食事会もあり、実に貴重な経験であった。観光立国の国だけに個人宅(学校の先生宅や弁護士宅などに宿泊した)が観光客用に開放されている。昼食は町のレストランですませたり、時には湖畔などで簡単な食事を作って食べたりした(ランクルにクーラーを積載し、果物・食材を保管)。

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22*羊軍団のお通り:キングストン郊外にて*人間より羊の数の方が多いと言われる国だけに、たびたび羊や牛などの道路横断で車はストップされる。この国では《動物横断最優先》である。車も羊や牛の横断が終わるまでのんびりと待っている。道路の左右には羊・牛・シカ(食用)・アルパカ(ニュージーランドは涼しい気候などで飼育されている)などの牧場が散見される。

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23*怪鳥・ケア・Kea:ミルフォード・サウンド入口トンネルにて*ニュージーランド南島の山岳地帯に住むオウムの仲間。体長50cmほどで、全体が緑褐色をしている。飛びながら“キィアァー”と甲高く、良くとおる声で鳴くのですぐに分かる。人を恐れず(カメラで近づいても逃げない)、時には人間の持ち物を奪い去ることもあるという。この国は《人間王国》でもあるが、野鳥たちにとっても《野鳥天国》であり、小鳥たちの数と種類の多さにビックリである

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24*ミルフォード・サウンド風景:ミルフォード・サウンドにて*現在、フィヨルドランドで最も人気のある見どころの一つである《ミルフォード・サウンド》とは、《入り江》という意味である。氷河によって垂直に近い角度で削り取られた周囲の山が、1000m以上にわたり海に落ち込んでいるという壮大な眺めは、ニュージーランドを代表する絶景の一つといわれている。ただし、ここは多雨地帯(年間降水量8000mm)で晴れる日が少なく、訪れた2日間は曇り空で湾内には霧が立ち込め、氷河を抱いた山々(タズマン海に向かって湾内左にはマイターピーク:Mitre Peak 1692m、右にはジ・エレファント:The Elephant 1517mが屹立しているが・・)はついに姿を見ることが出来なかった。

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25*オーバーナイト・クルーズ:ミルフォード・サウンド湾内にて*ミルフォード・サウンドの旅行者は例外なくサウンド(入り江)内を周遊するクルーズを楽しむ。折角なので一泊のクルーズ(オーバーナイト・クルーズ)を楽しんだ。PM:4:30出港、翌朝のAM9:30帰港である。船は《ミルフォード・マリナー号》で中型船である。中型船だと滝の真下まで突っ込んで120mの落差を実感させてくれるという。出港して落差150mほどの滝を見たり、ニュージーランド・オットセイ(ここではクジラ・ウオッチングが出来るが夏は無理という)などを見ながら湾内を進む。湾内中央で停泊し、船上からシーカヤックを下ろして漕いて湾内を周遊したり、ボートに乗り替えて湾を周遊させてくれる。船内の部屋は、ツインベット・バス・トイレ付で大変ゆったりしていた。

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26*船内でのディナー:ミルフォード・マリナー号船内にて*船内での食事は料理人が腕を奮って作ってくれたものでバイキング方式であった。種類や味も豊富で、ニュージーランド・ワインを飲みながら楽しんだ。特に、シカ肉が美味しく焼き上がっていた。食後のデザートもこの写真で見るように豊富で、皆さん皿に大盛りにして楽しんでいた。

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27*早朝の湾内風景:ミルフォード・マリナー号にて*オーバーナイト・クルーズでは早朝の静まり返ったフィヨルドの景観を見られるのが魅力の一つである。この朝は夜半来のあめが上がり、海霧が周囲に立ち込めて、その霧が海面に投影され、僚船が出航して行く影も幻想的であった。ミルフォード・サウンドならではの風景である。

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28*大滝に突っ込んで行く僚船:ミルフォード・マリナー号にて*夜半来の降雨のためか、120m近い滝からの水量は豊富で、圧倒的な迫力で海面に落ちてくる。落下する滝を目がけて、船首を突っ込んで行く僚船。サウンド沿いの急峻な山は岩がちで、土壌が水を含みにくいため、降った雨はたちまち岩山のあちこちで滝となって激しく流れ落ち、水煙が幻想的に舞い上がる。海に落ち込む壮観さに、ただただ感動であった。

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29*フオックス氷河:フオックス氷河展望台にて*ミルフォード・サウンド遊覧後、北西の海岸を北上し、タスマン海近くにまで落ち込む氷河、《フオックス氷河(Fox Glacier)》と《フランツ・ジョセフ氷河(:Franz Josef Glacier)》を撮影した。ヒマラヤ(氷河は標高5000mでないと見えない)やカラコルム(ここでは標高3000m)、ヨーロッパアルプス(ここは標高4000m)などでも氷河はいくつも撮影してきたが、ここでは標高が300mという低い位置で、それも海岸から2kmほどのところに忽然と氷河が現れるのにはビックリである。これらの氷河は内陸部(表側)からスキー・プレインの小型飛行機で空撮したが、今度は裏側の海岸から徒歩で行き撮影した。

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30*青白く輝くフランツ・ジョセフ氷河の氷壁:ジョセフ氷河展望台にて*小型飛行機で氷河を上空から見ると谷を流れる文字通りの《氷の河》であるが、氷河末端部を下から見ると、《氷の壁》である。フランツ・ジョセフ氷河(:Franz Josef Glacier)の末端部(舌端)は氷河が流れ落ちる圧力で、平であった雪面に無数の亀裂が生じ、それが氷河上の深いクレパス(Crevasse)となって落ち込み、その氷面は深く切り込まれ、青白い輝きを放っていた。       以上
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by chusan8611 | 2009-03-15 15:39 | 世界の山岳風景
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NO34:ランタンコーラ花紀行1997

ランタン・コーラ(谷)はネパール・ヒマラヤのほぼ中央に位置し、ランタンヒマール山群を東から西へ貫くランタン川(全長43km)に沿った細長い谷です。夏には《黄色いケシ》や《エーデルワイス》など色とりどりの高山植物で谷が埋め尽くされます。イギリスの登山家・ティルマンが「世界で最も美しい谷」と絶賛した場所です。

ネパールの首都・カトマンズからも近く、標高もあまり高くない(3000m~4000m)ことから、トレッカー客も多い地域です。この地は還暦を機に始めた《ヒマラヤ巡礼》の最初の訪問地であり、私にとって記念すべき思い出の地です。この地は、ヒマラヤでも《フラワートレッキング》として人気で、われわれも7月中旬出発としました。

トレッキングといっても、荷物はスナップ用の35mmカメラ一台と小型ザック一つという軽装で、食糧や炊事道具はポーターが運んでくれますし、重いカメラ機材もカメラ・ポーターが運んでくれます。

ランタンコーラへは、カトマンズから四輪駆動車で8時間、登山口のシャベルベンシ(2300m)で一泊してから、一週間ほどのトレッキングになります。最終キャンプ地のキャンジュンゴンバ(4000m)まではきつい登りが続き、亜熱帯樹林通過では山ヒル(ネパールではズガと言います)の襲来にあいながらのトレッキングになります。3000mを過ぎると《山ヒル軍団》の襲撃もなく、咲き乱れる高山植物を眺めながらの登山になります。ただし、この時期は《雨季》になるため、「朝のうちは曇り・時々雨」、「昼間は曇り・時々晴れ」、「夕方は小雨」、「夜は大雨」という気象パターンでした。ランタン川はかなり増水し、コースのいたるところが崖崩れで通行不能になっており、迂回しながらのトレッキングになります。ランタン村では農作業見物やら、村人たちとのふれ合いがあり、楽しい出会いがありました。

このシーズンは雨季のため、訪れるトレッカーも少なく、宿泊したロッジ(素泊まりで、食事は同行のコック&キッチンボーイが世話してくれる)では、われわれ3人のほか、アメリカ人とカナダ人の2パーティーだけでした。

最終キャンプ地・キャンジンゴンバは石垣で囲まれた畑の中にトレッカー宿泊用のロッジが数件あり、その周囲にはランタン山群の主峰ランタン・リルン(7225m)をはじめ、キムシュン(6745m)、ヤンガ・ツェンジ(6545m)、ナヤ・コンガ(5856m)、ポンゲン・ドボク(5930m)などの高峰が展望できます。

朝夕は山岳撮影にあてますが、昼間は高山植物撮影をしながら過ごしました。そのほか、同行のシェルパが村人のロッジへ案内してくれて、ジャガイモをご馳走になったり、生活道具などの撮影もさせてくれました。

カトマンズへの帰路は、ヘリコプターをチャーターしており、上空からランタン山群などを空撮しながら、カトマンズまでわずか50分ほどのフライトでした。
 
   2008-07-02  加藤忠一記

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01*シャベルベンシ(2300m)にて*カトマンズをランクル車で出発して8時間、途中、何ヵ所かの村のチェックポイントを通過して最初の宿営地シャベルベンシに着く。この村はランタンコーラへの出発地であり、何軒かのロッジがランタン川沿いに建てられている。この村でポーターの何人かを雇う。

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02*吊り橋を行く:シャベルベンシにて*シャベルベンシ村をしばらく行くとランタン・コーラに架かった吊り橋を渡り、ランタン川の右岸を登って行く。これからは何か所かランタン川を左右に渡りながらランタン谷を上り詰めて行く。

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03*樹林帯の奇木*ランタン谷は不思議な谷である。このヒマラヤ山中に亜熱帯の植物がいろいろと自生している。観葉植物の類やシダの類、着生ランの類などである。ここは標高2000mくらいで乾季の冬でも雪が降らず、インド方面から暖かい風が吹き込んでくるのでこれらの植物が育つといわれている。いろんな形と色合いの木々も見られる。この木は《人間のカカシ》のようにも見え、思わずシャッターを切ってしまった。

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04*絶壁の蜜蜂の巣:ラマホテル付近にて*ポーターが指さす方向を見ると絶壁のあちこちに蜜蜂の巣がぶら下がっている。ポーターの話では、この付近の村人はロープで岩壁を下がり、蜜蜂の巣を採ってくるという。そういえば、NHKテレビで「ヒマラヤのハニーハンター(密を採る専門家)」という番組を放映したことを思い出した。まさに命がけの大下降をしながらの採取である。

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05*ランタン村を目指して:ゴバタベラ3000mにて*2500mの森林限界を過ぎると広々とした草原・ゴラタベラに着く。この付近の草原には色鮮やかな高山植物が群生し目を楽しませてくれる。道の右側に咲くピンク色の野バラ(ロサ・マクロフィラ・バラ科)を見ながら、石垣の小道をランタン村(画面中央奥)目指して上り詰めて行く。

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06*ユリの仲間:ゴラタベラ3000mにて*ランタン川沿いの草原には独特の色と形をしたユリの仲間、リリウム・ネパレンセ(ユリ科)が見事に咲いていた。花は5cmほどでいくつもぶら下がって咲いていた。

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07*スズランのような花*ゴラタベラの草原ですずらんにそっくりな花をみつけた。下向きの咲く姿が可憐であった。テロポゴン・バリドゥス(ユリ科)という花である。

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08*マニ車の水車:ランタン村3500mにて*ランタン村入口にマニ車の水車小屋があった。夕方近くで岩壁はガスに覆われ始め、一筋の滝が流れ落ちていた。

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09*雨上がりのランタン村にて:ランタン村3500m*朝早く起きてみると、夜半からの大雨も止み、一軒の家から朝餉の支度であろうか、一筋の煙が立ち上っていた。かって、日本でも見ることができた田舎の原風景である。

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10*機織りの母親たち:ランタン村3500mにて*ランタン村の母親は忙しい。農作業や家事はもちろん、子供たちなどの衣服も作らなければならない。ランタン村の子供たちは母親の愛情を一身に育って行く。

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11*洗濯物の手絞り作業:ランタン村3500mにて*梅雨時の一瞬の晴れ間には洗濯物を干すのに忙しい。布団のシーツであろうか、二人して絞り上げていた。

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12*蓑を使う農婦:ランタン村3500mにて*庭先で農婦が脱穀した麦を蓑ですいていた。日本の田舎でも見られたシーンであるが、なにかホッとするものがあった。

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13*ガキ大将たち:ランタン村3500mにて*ヒマラヤの奥地ではわれわれトレッカーはめずらしい見せものであろうか。子供たちが何処からともなく現れ、じっと見つめている。頬被りの少年、二本バナの少年にかっての自分をだぶらせていた。

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14*ジャガイモ畑:シンダム3600mにて*ランタン村は標高も高く、土地も痩せあまり作物も育たない。畑にはジャガイモが多く植えられていた。彼らにとってジャガイモは貴重な食糧である。 

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15*はだか麦(チンコー)畑:シンダム3600mにて*麦も耕作されているが裸麦である。チンコーと言うそうであるが、折からの風に穂先がなびいていた。

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16*ランタン川水辺のお花畑:シンダム3600mにて*シンデム(3500m)からシャベルベンシ(4000m)までのU字谷にはランタン川が流れ、その水辺には黄色いサクラソウほか色とりどりの高山植物が咲き乱れている。晴れていれば、この辺りは、はてしなく続く青い空と光る雪嶺にかこまれ、美しい花たちが《天国に近い雲上の楽園》を見せてくれる。

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17*U字谷のお花畑:シンダム3700mにて*U字谷には白い花のアネモネやピンク色のビストルタなどが咲き誇り、あたり一面はカーペットを敷きつめたような花園になっている。この場所にはアネモネ・リプラリス(キンポウゲ科)の大群落がみられ、他の花が入り込む余地がないほどの《アネモの天国》になっている。見事なまでの一面の純白の草原は壮観である。

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18*エーデルワイスの仲間:シンダム3700mにて*ランタン谷の草原のあちこちにはエーデルワイスの仲間たちも咲き乱れている。この花はレオントポディウム・ヤコティアヌム(キク科)というエーデルワイスの仲間で背丈は10cmと小型である。ヒマラヤには何種類ものエーデルワイスの仲間が大群落で自生している。

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19*黄色いケシ:シンダム3700mにて*ランタンコーラで一番撮りたかった花の一つである。この《黄色いケシの花》はメコノプシス・パニクラタという品種で、ケシ科の中で一番の大型種である。斜面に林立している様は見る者を感動させてくれる。ネパール・ブータン・チベットなどの標高3000m~4000mの高山帯に分布し、花は上部から順に咲き、次第に下部へと咲いていく。今回は《青いケシ・メコノプシスホリデュラ》は撮影できなかったが、2003年8月ゴーキョピーク(5000m)では青いケシ、2006年7月には中国・巴朗山峠(4000m)で青いケシ&赤いケシ&紫のケシ&黄色いケシなどを撮影できた(2006-09-09投稿・四姑娘山の青いケシ:2006-09-10投稿・ヒマラヤの青いケシ参照)。

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20*道端に咲くユリの仲間:シンダム3700mにて*U字谷の登山道脇にはユリの仲間たちが目を楽しませてくれた。ノトリリオン・マクロフィルム(ユリ科)という花で、赤味がかった紫色が美しい花である。このほかユリの花は3種類ほどを見かけた。

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21*ランタン谷のお花畑:シンダム3700mにて*U字谷も上部に行くと背丈の低い小型種の花が多くなってゆく。ここ4000近い道の両側にはピンク色のビストルタや黄色いキンポウゲ科の花たちが咲き乱れている。

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22*ランタンコーラお花畑を行く:キャンジュンゴンバ下3800mにて*標高3500m~4000mに差しかかると酸素不足となり息苦しさが出てくる。シェルパたちから「ビスタリー、ビスタリー(ネパール語でゆっくり、ゆっくり)の声がかかる。登りと酸素不足はつらいが、両側に咲き乱れる花たちが励ましてくれる。

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23*朝のロッジ村にて:キャンジュンゴンバ4000mにて*ここは最終キャンプ地のキャンジンゴンバである。石垣で囲まれた畑と広い草原の中に数件のロッジがある。この村には地名にもなっている古いゴンバ(寺院)とチーズ工場がある。ここのロッジに素泊まりし、食事はポーターたちに作ってもらい、周囲の高峰や高山植物を撮影しながら数日間を過ごした。

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24*チベット犬《クロ》:キャンジュンゴンバ4000mにて*ロッジで一休みしていると、大きなチベット犬が近寄り、さかんに尾を振っている。ビスケットをやると喜んで食べた。ポーターに聞くとやさしいチベット犬で人に危害は与えることはないという。安心して干し肉をやる。《クロ》と名付けたが、この後クロは我々一行の仲間のような顔をして付きまとっていた。

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25*無名峰とランタン・ルリン峰:キャンジュンゴンバ4000mにて*朝夕の撮影はモンスーン(雨季)であるから期待しなかったが、滞在最終日の朝は霧が一瞬切れかかり、主峰のランタン・リルン(Langtang Lirung 7245m)が無名峰の奥から顔を覗かせてくれた。この一瞬が過ぎ去ると二度とわれわれの前に顔を見せることはなかった。

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26*雲湧くキムシュン峰:キャンジュンゴンバ4000mにて*主峰ランタン・リルンの右稜線には形の良いキムシュン(Kimshun 6760m)が見える。ランタン谷からは絶えず雲が湧き上がり稜線が見え隠れしている。

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27*ナヤ・コンガ峰:キャンジュンゴンバ4000mにて*早朝は気流の変化が激しいためか霧に覆われることが多かったが、時間が経つにつれ正面の山々がくっきりと姿を現した。このナヤ・コンガ(Naya Konga 5846m)は堂々とした山容で真正面に屹立している。

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28*ポンゲン・ドボク峰:キャンジュンゴンバ4000mにて*東のチベット側には立派な氷河をもったポンゲン・ドボク(Poggen Dopku 5930m)が青空をバックに姿を現した。この朝は二時間ほど周囲の高峰を撮影できたが、その後天候が不安定となり、ランタン谷に雲が出てしまうとヘリコプターが飛べなくなってしまう。そのため予約していたヘルコプターを早め、早々にランタン谷を後にした(ヒマラヤの天候は急変しやすく、2002年8月のゴーキョピーク撮影ではシャンボチェ(3800m)に待機していたヘリコプターが濃いガスのため離陸できず、一週間缶詰を余儀なくされた)。   
                                         
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29*撮影スナップ:ランタンのお花畑にて:1997/07:ネパール・キャンジュンゴンバ3900m* 《完》
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by chusan8611 | 2008-07-02 16:37 | 世界の山岳風景
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NO33:私の8000m峰10座

2008年6月上旬の朝日新聞夕刊に「8000m峰 制覇へ復活」と題した記事が掲載され、世界で14座ある8千メートルの日本人初完登を目指す登山家(竹内洋岳さん)の挑戦記事が紹介されていました。

8000m峰14座はヒマラヤに集中し、ネパール、中国、パキスタン、インドの4カ国(国境を含む)に聳えています。この14座完登は世界でも14人しか成し遂げていない困難な記録です。アジアでは韓国の3人が成功していますが、日本人は10座の壁に阻まれています。登山家《竹内洋岳さん》は日本人最多タイ9座の記録を保持していますが、今夏、10座目のガッシャーブルム2峰(8035m・標高13番目)に挑戦するそうです。

8000m峰14座は、まさに、《Top of the World》です。その頂上は世界中で朝日が一番早く到達し、一番遅くまで夕日に照らされつづけます。

さて、その8000m峰14座は、
(第1位)*エヴェレスト(8848m):ネパール・中国国境:初登頂・1953年・イギリス隊
(第2位) K2(8611m):パキスタン・中国国境:初登頂・1954年・イタリア隊
(第3位)*カンチェンジュンガ(8586m):ネパール・インド国境:初登頂・1955年・イギリス隊
(第4位)*ローツェ(8516m):ネパール:初登頂・1956年・スイス隊
(第5位)*マカルー(8463m):ネパール:初登頂・1955年・フランス隊
(第6位)*チョ・オユー(8201m):ネパール・中国国境:初登頂・1954年・オーストリア隊
(第7位)*ダウラギリⅠ峰(8167m):ネパール:初登頂・1960年・スイス隊
(第8位)*マナスル(8163m):ネパール:初登頂・1956年・日本隊
(第9位)*ナンガ・パルバット(8126m):パキスタン:初登頂・1953年・ドイツ&オーストリア隊
(第10位)*アンナプルナⅠ峰(8091m):ネパール:初登頂・1950年・フランス隊
(第11位) ガッシャーブルムⅠ峰(8068m):パキスタン・中国国境:初登頂・1958年・アメリカ隊
(第12位) ブロード・ピーク(8051m):パキスタン・中国国境:初登頂・1957年・オーストリア隊
(第13位) ガッシャーブルムⅡ峰(8035m):パキスタン・中国国境:初登頂・1956年・オーストリア隊
(第14位)*シシャパンマ(8027m):中国:初登頂・1964年・中国隊
の14座です(*印は私が撮影済みの8000m峰10座)。

ヒマラヤの8000峰14座への挑戦は、まさに国の名誉と国威をかけた挑戦であり、多大の犠牲の結果、《初登頂》という栄冠を勝ち得たのです。国の名誉をかけ、どうしても初登頂の栄冠をかちとりたいと特定の8000m峰へ登山隊を何回も送りこみ、他国に先んじて《初登頂》を勝ち得た国があります。例えば、「エヴェレストとイギリス」や「K2とアメリカ」さらに「ナンガパルバットとドイツ」などです。これらの国は何度となく執念の登山隊を送り込み栄冠を手にしています。

8000m14座のうち、日本隊は1956年にマナスル峰に初登頂し、日本人によって登られた最初で唯一の8000m峰となりました。隊長は《槇有恒さん》でしたが、私はマナスル登頂報告会を聞きに行ったり、登頂記や写真集を読み漁りました。私にとっての思い出の8000m峰は、1950年にフランス隊が初登頂した《アンナプルナⅠ峰》です。人類初の8000m峰登頂に成功し、その登頂記「処女峰アンナプルナ」を出版しましたが、その登頂記を読みあさり、ヒマラヤへの関心が一挙に深まって行きました。それ以来、ヒマラヤの文献や写真集を買い集めています。ヒマラヤの8000m峰は1950年アンナプルナⅠ峰初登頂からわずか14年ですべての山が登頂されて行きました。それ以降は大岩壁や最も困難なルートを登頂する《バリエーション・ルート》を求めた登頂や厳冬期・無酸素登頂など、より困難な登頂が脚光を浴びるようになってきています。

ところで、1997年からヒマラヤ・トレッキングをしていますが、8000m峰・14座のうち10座は撮影済みです(*印の山)。未撮影の4座は、いずれもパキスタンにある山です。この4座の撮影地バルトロ氷河には何度か計画を立てたのですが、パキスタンの大地震や紛争などで入山が出来ませんでした。いずれ機会を見て挑戦したいと思っています。出来れば《喜寿》にはバルトロ氷河でK2を眺めながら祝いたいなとも思っています(還暦からヒマラヤ・トッレキングをはじめ、古希はチベットの山奥で迎えました)。
(14座を自分のカメラに収めることは私にとっての《大きな夢》でもあります。そんなことに想いを巡らせながら新聞記事を読んでいましたが、皆さんに《私のヒマラヤ10座》をブログ投稿してみることにしました。)

             2008-06-20  加藤忠一記

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01-1*エヴェレスト/Mt・Everest 8848m:撮影地:ネパール・シャンボチェ3800m*ご存じの世界最高峰である。この山は、ネパールと中国の国境に位置しているが、ネパール名では「サガルマータ:Sagarmatha」、中国名(チベット名)は「チョモランマ:Chomolangma」と呼ばれている。一般的には英名の「エヴェレスト:
Mt・Everest」であるが、近代的な測量が行われる以前は、三角測量の番号名称「ピーク15」と呼ばれていた。
エヴェレストの名前は、1865年にエヴェレスト測量に貢献したイギリスのインド測量局長官:ジョージ・エヴェレストの名前をとって正式な名称として採用されたものである。この山は一般的にはネパール側から登頂されるが、最近はチベット側からの登頂も多く見られる。最近では《三浦雄一郎》が75歳でチベット側からの「チョモランマ」登頂を狙ったが、五輪旗騒動で断念し、ネパール側からの再登頂成功となったことが話題となった。この写真はネパール側の一般的ルート「エヴェレスト街道」のシャンボチェ(3800m)から撮影したものであるが、この辺からでは、前山のヌプツェ(Nuptse 7855m)に遮られ、エヴェレストの上半分しか見ることが出来ない。

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01-2*チョモランマ/Chomolangma 8848m:撮影地:中国・チベット・チョモランマBC5200m*この写真は、チベット側のチョモランマ・ベースキャンプ(5200m)から撮影したものである。チベット側のチョモランマは前山に「チャンツェ・Changtse7580m」が立ちはだかるものの、チョモランマのほぼ全容を見ることが出来る。夜明け前からベースキャンプを見下ろす岩山に登って撮影したが、寒さと強風で凍傷になりかけて撮った思い出の一枚である。最初に頂上にポツンと朝光が差し込み、それが段々と北東綾に下がり、前山のチャンツェの東壁が真っ赤に染まって行く。チョモランマ北壁(写真頂上直下の大岩壁)には未だ光が差し込まない。

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02-1*カンチェンジュンガ/Kangchenjunga 8586m:撮影地:ネパール・バティバラ3200m*カンチェンジュンガは、ネパールとインド・シッキムの国境稜線に位置する世界第三の高峰である。エヴェレストが正式に測量されるまでの1850年頃までには世界の最高峰ではないかと考えられていた。実に堂々とした山容である。夜明け前から頂上付近に形の良い雲が出始め、そこへ朝日が強烈に差し込んで来て赤く染め上げて行った。

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02-2*カンチェンジュンガ/Kangchenjunga 8586m:撮影地:ネパール・バティバラ3200m*8000m峰の《朝焼けドラマ》は永くて5分~6分程度で終わってしまう。それが終わると次第に白っぽく浮かび上がってくることがある。この朝のカンチェンジュンガはいろんな表情を見せてくれた。丁度、頂上付近に笠雲がかかりはじめ、稜線左に見える怪峰・ジャヌー(Jannu 7710m)にも光が差し込みはじめた。

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03-1*ローツェ/Lhotse 8516m:撮影地:ネパール・シャンボチェ3800m*この山はエヴェレストのすぐ南に位置していることから《エヴェレスト南峰》などとも言われている。撮影地のシャンボチェから見ると形の整った山容である。頂上直下を右から左に走っている《イエローバンド・黄色い化石の層》が見事である。イエローバンドはエヴェレスト南西壁にも見られるが、ヒマラヤがかって海の底にあったあった時の証左と言われている。
この層から発見される海の生物の化石は、ヒマラヤ山脈が海底の地殻であったことを物語っていると言われている。
写真はローツェ南面で中央が主峰(8516m)で右がローツェ・シャール(8400m)である。

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03-2*ローツェ/Lhotse 8516m:撮影地:ネパール・シャンボチェ3800m*ローツェは世界第四位の高峰であるが、すぐそばに《エヴェレスト》という巨人が立っていて、それに仕える謙虚な一峰という感じが、この峰を派手な英雄にしていないと言われている。しかし、ローツェの南壁(写真中央)は標高差3000mの大岩壁で、ヒマラヤ最大の壁の一つである。

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04-1*マカルー/Makalu 8463m:撮影地:ネパール・バティバラ3200m*この山はエヴェレスト山群の東端に位置し、世界第五位の8000m峰である。写真はネパール・バティバラの丘で撮影したものであるが、この撮影地に入山してから天気に恵まれず、テント撤収の朝、最後のチャンスに恵まれた時のショットである。
マカルー頂上に一条の朝光が差し込み、それが真っ赤に染まりはじめた一瞬を捉えた一枚で、《地球上で最初に光が差し込んでくるのはヒマラヤから》を実感させてくれた。

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04-2*マカルー/Makalu 8463m:撮影地:ネパール・バティバラ3200m*頂上がポツンと赤く染まってから(これを《曙光》という)、すぐに頂上付近に一条の雲が走り込み、それが赤く染まりはじめた。私のお気に入りの一枚である。

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05-1*チョ・オユー/Cho Oyu 8201m:撮影地:中国・チベット・パンラ峠5100m*チョ・オユーはネパールと中国チベットとの国境稜線にある世界第六位の8000m峰である。この写真はチベット側のパンラ峠(5200m)から撮影した時の一枚である。チョモランマBCを午前三時に出発し、パンラ峠に到着し夜明けのヒマラヤ山脈の日の出を待つ。この峠からのヒマラヤ展望は圧巻で、エヴェレスト山群の7000峰~8000m峰が一望できる。8000m峰は左に《マカルー・8463m・第五位》、中央左に《ローツエ・8516m・第四位》、中央に《チョモランマ・8848m・第一位》が聳え、一番右にこのチョ・オユー(8201m・第六位)が望見出来る。チョ・オユーの左には私の大好きな《ギャチュンカン・Gyachung Kang・7952m》が見える。この日のパンラ峠は快晴に恵まれ、黎明時から山稜を染めて行く光の変化を捉える事が出来た。この一枚は赫光に染まって行くチョ・オユーである。

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05-2*チョ・オユー/Cho Oyu 8201m:撮影地:中国・チベット・パンラ峠5100m*パンラ峠での《光の競演》は5分程度で終わり、太陽が昇ってしまうと稜線と岩肌は白く染まって行く。

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06-1*ダウラギリⅠ峰/DhaulagiriⅠ 8167m:撮影地:ネパール・ラルジュン2800m*ダウラギリ峰撮影はポカラから小型飛行機にてジョムソンに入り、カリガンダキ川を下りながらの撮影となった。11月のカリガンダキ川は、午前中は季節風が吹きつけ、強風化のトレッキングとなった。カリガンダキ川を下る途中、ツクチェ(2600m)にてテント泊となり、翌朝、出発して間もなく、朝の川原でダウラギリⅠ峰(8167m・第七位)の東面を撮影する。カリガンダキ川越しに聳える主峰の頂上付近はさかんに雪煙を上げていた。

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06-2*ダウラギリⅠ峰/DhaulagiriⅠ 8167m:撮影地:ネパール・ラルジュン2800m*カリガンダキ川はネパールとチベットを結ぶ《塩の交易路》となっており、河原をさかんにロバ隊が行き交っていた。チベット行きは《木材や家畜飼料》、ネパール行きは《岩塩》を運搬していた。ここラルジュン(2800m)では3日ほど滞在し、カリガンダキ川越しのダウラギリを撮影し続けた。天候に恵まれ、早朝からの光の変化を思う存分撮り続けることが出来た。このショットは主峰に光が差し込み、それが段々下方に差しこんで行くときの一枚である。

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07-1*マナスル/Manaslu 8163m:撮影地:ネパール・バーラポカリ3100m*マナスル(Manaslu 8163m)・ピーク29(Peak29 7871m)・ヒマール・チュリ(Himal Chuli 7893m)は《マナスル三山》と言われているが、この三山はいずれも日本人が初登頂し《日本人のマナスル三山》として有名である。このマナスルはバーラポカリ尾根(3100m)から夕方に撮影したものであるが、下から湧き上がってくる雲間に一瞬姿を見せた瞬間を捉えてみた。

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07-2*マナスル/Manaslu 8163m:撮影地:ネパール・バーラポカリ3100m*バーラポカリとは《たくさんの湖》という意味だそうであるが、尾根のあちこちに水たまりが散在している。尾根を多少下ると《水場》もありキャンプ地として適地である。この尾根からはマナスル三山の左に《ガネッシュ・ヒマール山群》や《アンナプルナ山群の一部、マチャプチャレ峰》なども見ることが出来る。この写真は昼間のマナスルである。

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08-1*ナンガ・パルバット/Nanga Parbat 8126m:撮影地:パキスタン・メルヘン・ヴィーゼ3200m*この山はパキスタン北東部、南インドとの休戦ライン近くに位置する。パキスタン・イスラマバードからインダス川を三日間ほど遡って行かなければならない。ナンガパルバットとは奇妙な名前であるが、これは《サンスクリット語》で《裸の山》という意味である。ドイツ隊が挑戦し続けた山で、私が入山したキャンプ地も《メルヘンヴィーゼ》という地名がつけられている。ここメルヘンヴィーゼからはラキオット氷河が大きく蛇行して迫り、その稜線には幾重にも重なり合った山稜の彼方に主峰を望見出来る。

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08-2*ナンガ・パルバット/Nanga Parbat 8126m:撮影地:パキスタン・メルヘン・ヴィーゼ3200m*ナンガパルバットは、大氷壁をいくつも持つ《魔の山》で、ヒマラヤでも遭難者が最も多い山として知られている。写真左中央奥が主峰(8126m)である。

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09-1*アンナプルナⅠ峰/AnnapurnaitiⅠ 8091m:撮影地:ネパール・プーンヒル3500m*ダウラギリⅠ峰を撮影し、ラルジュンからポカラへヘリコプターで帰る途中、プーンヒル上空を通過する。パイロットはヒマラヤへ何度も一緒だった顔見知りであり、快晴でもあり、プーンヒルへの着陸を頼んだところ、チップが効を奏したのか、上空の気流条件がよければOKとの快諾を得た。幸い多少風があったが無事着陸し、アンナプルナ連峰、ダウラギリ連峰の撮影ができた。プーンヒル(3500m)はアンナプルナ・ダウラギリの展望台で、とくにアンナプルナⅠ峰の眺望がすばらしい。

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09-2*アンナプルナⅠ峰/AnnapurnaitiⅠ 8091m:撮影地:ネパール・プーンヒル3500m*アンナプルナⅠ峰はポカラの北北西50kmにあるアンナプルナ山群の最高峰である。この山は、ヒマラヤの名峰の一つであり、1950年のフランス隊の初登頂によって、ネパール・ヒマラヤの登山が始まり、ヒマラヤ黄金時代への幕開けとなった高峰である。初登頂したフランス隊のモーリス・エリゾーグ隊長が著した《処女峰アンナプルナ》の記述には、凍傷にかかった指を一本一本と切断しながらの壮絶な下山をしたと書かれているが、それはこの稜線の何処あたりであろうか。

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10-1*シシャパンマ/Shisha Pangma  8027m:撮影地:中国・チベット・ヤルレンシュン峠5200m*この山は中国・チベット領内にある唯一の8000m峰である。この高峰への撮影は、チョモランマ撮影の帰途、中国・ネパール国境付近の《ヤルレン・シュン峠5200m》に立ち寄った時である。この峠は中国・ネパール友好道路上にありネパール・カトマンズも近い。早朝に峠に着いたが寒さと高山病に悩まされながらの撮影であった。快晴に恵まれ、シシャパンマ峰頂上付近の空が紫からピンクに変化し、曙光が過ぎ去ると山肌が《赫光》に染め上げられて行った。あのときの《赫光》はまだ脳裏に焼き付いている。
  
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10-2*シシャパンマ/Shisha Pangma  8027m:撮影地:中国・チベット自治区・佩枯錯湖4800m*  
チベットが長い間《鎖国政策》をとっていた関係で、この山の探検・登山の歴史は浅く、山の位置も1952年になって「チベット領内(中国)」にあることが正式に判明した。1979年になり中国政府が領内の高峰を登山解禁してから外国登山隊が入山できるようになった。この写真は2006年5月にチャンタン高原を横断し、カイラスまでトレッキングした時のショットで、10-1写真のシシャパンマ右側を迂回して佩枯錯湖4800mに入った時のワンショットであるが、シシャパンマ右側の峠を越えカイラスまで《遠く、苦しい山旅》が始まった。シシャパンマの山麓は雪と見渡す限りの大砂漠に覆われ、そのスケールの大きさには圧倒された。    《完》
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by chusan8611 | 2008-06-20 13:31 | 世界の山岳風景
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No27:シルクロ-ド紀行2007前編《シルクロードを行く》

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2007年10月中旬、若い時からの夢であった《シルクロードへの旅》に行って来ました。還暦を機に始めた《ヒマラヤ巡礼》の最終稿の有力なシーンとして、ヒマラヤ西端に位置するタクラマカン砂漠を,夕日に輝くシルエットのラクダ隊のシーンを考えていました。

私のシルクロードへの夢は、若いときに読んだ井上靖「わが一期一会」(1975年毎日新聞社出版)に収録されている「シルクロード」から始まりました。その後、1980年4月にNHKが放映した「シルクロード」を見て、彼の地を訪ねて見たいという想いは募るばかりでした。そんなことを写真仲間に話したところ、仲間たちも同じ想いを持ち続けていたのでしょうか、今回のシルクロード紀行が実現しました。

シルクロードは、ユーラシア大陸を横断して東西を結ぶ《古代の交通路》です。中国の絹がこの道を通って西方へ運ばれたことから、《シルクロード・Silk Road》と名づけられました。東は中国の《長安(現・西安)》から西アジアを経て西は《ローマ》に至る全長7000kmの道程です。

今回の旅では、西安~ウルムチ~トルファン~カシュガル~カラクリ湖~タクラマカン砂漠というルートでしたが、《天山山脈》と《崑崙山脈》に挟まれたルートを旅して来ました。砂漠の厳しさを実感させられた10日間の旅でした。フィルム&デジタル作品の整理が済みましたので前編(シルクロードを行く)と後編(カシュガル点描)に分けて投稿します。

  2007―12-5 加藤忠一記

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01*燃える火焔山:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*トルファンはシルクロードの要塞で古代西域の中心都市の一つであった。このトルファン盆地の北東に、古代書物に「赤石山」と記され、赤い砂岩でできた火焔山がある。明代の小説「西遊記」にも出てくる「火炎の山」である。海抜がゼロメートルより低い所もある盆地にあるため、このすり鉢状の地形が、真夏の太陽に照らされると平均気温が40度を越す灼熱をもたらすのだという。

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02*火焔山の観光ラクダ:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*火焔山はトルファンから近いこともあり、シルクロード観光の目玉の一つになっており、大勢の観光客で賑わっている。火焔山の周囲を観光する《ラクダ観光》が観光客には大人気と聞く。

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03*遺跡・高昌故城にて:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*高昌故城はトルファン市街から40kmほどのところにあり、西域最大級の《城址遺跡》である。紀元前1世紀に要塞が築かれ、5世紀末に《高昌国》の都として栄えたという。外城はまだ城壁のおよその輪郭をとどめている。故城の跡にたたずめば栄華のときが甦ってきそうである。

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04*高昌故城観光:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*高昌故城は広さ200万㎡に及ぶ遺跡にためロバ車で観光巡りをする。何台ものロバ車が行き交う様は古代遺跡に似つかわしくないが、車が入るよりはよしとしなければなるまい。

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05*玄奘法師の説教寺院:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*この円形の寺院は玄奘三蔵がインドへ赴く途中、熱心な仏教徒たちに説教した所と言われている。もちろん、煉瓦造りに復元されてものであるが、中に入って瞑想すれば往時が偲ばれてきそうである。

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06*外城遺跡と火焔山:疆ウイグル自治区・トルファンにて*高昌故城の外城の一角に立ってみた。茶褐色の外城に夕陽が差し込み、その向うには火焔山が霞んで見えていた。

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07*ワインロード:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*宿泊ホテルの前の道路の上は大きな棚が作られ葡萄の蔓がはられている。そういえば、トルファンは葡萄の名産地で干し葡萄が美味しいと聞く。観光用に作られたものであるが、夏の暑さの中、青々とした葡萄の房がぶら下がっている様は涼しいに違いない。

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08*ぶどう園にて:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*われわれのツアーは撮影ツアーのため、あまり買い物に出掛けないが、トルファンに来たからには是非とも干し葡萄を賞味したいと思い、ガイドに頼んでぶどう園を案内してもらった。農家のぶどう棚には摘み残った葡萄がぶら下がり、そのいくつかを食べてみたら糖分が残っていて甘いのには驚いた。

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09*干し葡萄の展示即売:新疆ウイグル自治区・トルファンにて*ぶどう園の主人がブドウ畑などを案内してくれたあと、干し葡萄を試食させてくれた。たくさんの種類の葡萄があることにも驚かされたが、その味の豊富さにも驚かされた。とくに、葡萄の蔓がついたままの干し葡萄は、甘さとほのかな香りが絶品で私のお気に入りになった。

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10*マーケットの果物屋さん:新疆ウイグル自治区・ウーバール村にて*トルファン盆地やカシュガルは天山山脈からの豊富な《雪解け水》に恵まれ、多くの果物が栽培されている。マーケットに行くと特に目につくのが果物屋さんである。この時期(10月中旬)葡萄はあまり見かけないが、ハミウリとザクロやミカンが最盛期で、とくに《ハミウリ》はほのかな甘さとみずみずしさがあり、肉料理を食べた後のデザートとして最高のご馳走になった。

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11*ナンの店先にて:新疆ウイグル自治区・ウーバール村にて*ナンは小麦粉を煉って焼きあげたもので、シルクロードの人たちの常食になっている。塩味がして大変日本人にも合う食べ物で、私も好んで食べてみた。ガイドの話では、《ナン》は日持ちも良く長期の旅には必ず持って行くという。

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12*肉屋さんにて:新疆ウイグル自治区・ウーバール村にて*カシュガル郊外のウーバール村のマーケットには、近郊からたくさんの人たちが買い物に来て賑わっている。果物、パン、野菜、塩、香辛料、肉などが露天の店先に並ぶ。中でも羊肉は砂漠のご馳走で最高の贅沢品だそうだが、砂漠の羊は塩気のある土壌で育った草を食べるので多少塩味がするという。カシュガル最後の夜、ツアーコンダクターの廖さんが《子羊の丸焼き》をプレゼントしてくれた。ブタの丸焼きには驚かないが、羊の丸焼きにはいささか驚かされた。

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13*名物シシカバブ:新疆ウイグル自治区・ウーバール村にて*カラクリ湖に行く途中ウーバール村にて昼食をとったが、何と言っても名物は《シシカバブ》だった。羊肉を鉄の串にさして焼いたものであるが、最初は用心していたものの、帰路に立ち寄った際には食べ過ぎてしまい、見事に急行列車に襲われてしまった。

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14*シシカバブを焼く:ウーバール村シシカバブはドラム缶を改造した特性の《串焼き釜戸》に差し込んで焼いていた。ドラム缶を覗くと炭火が置かれそこに差し込んでから蓋をするのでこんがりと蒸し焼き状態になる。

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15*ポプラと紅山:新疆ウイグル自治区・ウーバール村郊外にて*カラクリ湖へは天山山脈と崑崙山脈の谷間を登りつめて行く。次第に谷間が狭くなり砂山の向うに赤い山並みが続く。ガイドに聞くと《紅山》とのこと。ここから高度を高めながら谷間を遡って行く。

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16*砂漠の無名峰:新疆ウイグル自治区・ボロン湖にて*天山山脈と崑崙山脈に挟まれた谷間を登りつめると塩湖の《ボロン湖》に到達する。湖といっても乾季のためか、湖面はほとんど干上がってしまっており、ところどころ岩塩が見え隠れしていた。この湖は風の通り道で、谷間からの強風に乗よって大量の砂が吹き上げられ砂山が築かれたという。
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17*カラクリ湖に倒影する高峰:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*カラクリ湖畔では《パオ》と称される遊牧民用のテント(モンゴルのゲルに似ている)に泊まる。夕方、陽が傾き始めた頃を見計らって湖畔に立つ。夕陽の沈む右方向にムスターグ・アタ峰7546m(中国名・慕土塔格山)が屹立し、その雄姿を湖面に倒影していた。湖面にさざなみが立たない時と山頂の雲の姿の良い時を見計らって何枚かのシャッターを切ってみた。カラクリ湖山荘の主人によれば、主峰は手前の山稜だそうである。

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18*夜明けのコングル峰7719m:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*夜明けの高峰が紅く染め上げて行くのを期待して早朝から湖畔にて待つことにした。朝日はムスターグ・アタ峰とコングル峰の中間の山並みから差し込んできた。真っ暗な湖面の向うに一筋の光が走り、前山の頂上に一点の赤光が差し込んだ。この時を待ってシャッターを切ってみた。右奥の主峰にはさかんに雪煙が上っている。コングル峰7719m(中国名・公格爾山)は崑崙山脈の最高峰で大きな連峰が連なる名峰である。

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19*朝焼けのムスターグ・アタ峰7546m:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*朝光が差し込み最初に紅くなり始めたのはムスターグ・アタ峰の東斜面であった。頂上付近にかかった雲が燃え始め東壁が輝くとカラクリ湖の湖面も赤く染まり始める。

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20*朝陽差し込むコングル峰7719m:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*右手のムスターグ・アタ峰の東壁と頂上のドラマが終わると次第に朝の光が左手のコングル峰に差し込み始める。まず、コングル連峰の稜線上の雲に一筋の光が届き始めると、その光は稜線から次第に下に落ちてくる。その光りが落ち込んだところが褐色の前山辺りであった。この頃になると湖面が薄蒼く光を投影し始めた。

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21*夜明けのコングル峰7719m:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*しばらくすると、コングル連峰の稜線上に形のよい雲が出はじめ、右奥の主峰には雪煙が流れ始めた。

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22*カラクリ湖のチベット村にて:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*一連の朝のドラマが終わってから、朝食後、カラクリ湖西端にあるチベット村《スバシ村》を訪ねた。この村はヤクや羊の放牧で生活しているチベット村で、ここで定住しているようであった。われわれが訪ねると馬に乗った青年二人が物珍しそうにやってきた(後方の山はムスターグ・アタ峰)。

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23*朝のチベット村にて:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*この村の放牧地は砂地の湿地帯で牧草の育ちもあまり良くなさそうである。わずかに枯れ残った草をロバが食んでいた。手前に干されているのはヤクの糞で村人の貴重な燃料である(背後の山はコングル峰)。

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24*羊の放牧へ:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*村人にとって羊は貴重な家畜であり財産である。毛皮やバター、チーズは唯一の現金収入になり、毛糸や毛皮などは極寒の地での防寒具となる。

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25*誇らしげに携帯を見せる少年:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*われわれを見つけて真っ先に近寄ってくるのは子供と老人である。この地にも都会の玩具《携帯》が入り込んでいる。この少年は誇らしげに首からぶら下げた宝物を見せながらポ-ズをとってくれた。

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26*凍る小川:新疆ウイグル自治区・カラクリ湖にて*10月中旬になると朝晩は相当に冷え込む。前夜、われわれの宿泊したテントの《パオ》は夜中にストーブの石炭が切れ寒さで何度も目が覚めたし、乗って来たマイクロバスに残したペットボトルの水が凍っていた。

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27*待機するラクダたち:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*カラクリ湖とスバシ村の撮影を終えてから一旦カシュガルに戻り、ツァー最終目的地のタクラマカン砂漠を目指した。広大なタクラマカン砂漠の西の果て《岳普湖》付近の砂漠を見て廻った。砂漠に入る交通手段は《ラクダ》が一般的なようである。ラクダの前足は大きくて砂に強い。人を乗せても砂に足を取られることはなく、正確もおとなしい動物でもあり安心な乗り物のようである。ただ、乗り心地はあまり良くなく、高さもあるので慣れるまで時間がかかりそうである。

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28*ラクダ隊:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*ラクダには木製の鞍が乗せられており、鞍には厚めのふとんや絨毯がひかれているので乗り心地は悪くはない。ただ、乗る時にしゃがんだラクダが立ち上がると大きく前後に揺れるのでふり落とされないように気をつける。

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29*砂漠へ出発:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*しゃがみこんだラクダに乗り込み砂漠へ出発する。一行のラクダ隊は計11頭である。ラクダたちが一斉に立ち上がると大変な砂煙が立ち込める。馬方は2~3頭に一人が付き、ロープで繋がれているので安心である。

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30*行き交うラクダ隊:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*この日は夕陽の砂漠撮影のため夕方の出発となる。この時間帯は一般の観光客は帰ってくる時間でお互い挨拶を交し合う。

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31*砂漠のラクダ・トレッキング:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*この付近の砂漠は、タクラマカン砂漠の西端で入り口付近なので砂丘自体はそれほど大きくはない。同じ形をした丘ばかりが続く砂の海を、夕陽に染まる斜光の砂丘を求めて奥地を目指す。

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32*タクラマカン砂漠の三千年樹:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*胡楊はヤナギ科の樹木で、大木になると幹の直径が1m以上にもなる。ウイグル族から《英雄の木》ともよばれるこの木は、「生きて千年、枯れて千年、倒れて千年」と言われているという。根は地下10mにも達し、砂漠の乾燥に耐えて生き続け、枯れてもなお倒れず、倒れたのちも長いあいだ腐ることなく地上に残る木である。この木は宿泊ホテルの入り口にあったものであるが、近くの砂漠では見つけられなかった。タクラマカン砂漠の北部を流れるタリム河中流域には、中国最大の胡楊の天然林があると聞くが、次に機会にはタクラマカン砂漠の横断をして《黄葉の胡楊の自生林》を撮ってみたい。それにしても、胡楊の木はたくましい生命力を見せてくれるものである。

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33*砂漠点描:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*われわれの入ったタクラマカン砂漠は最西端地の岳普湖がある地点で砂漠の出口付近である。そのため観光ラクダが出入りしていて、その足跡も多く見られ写真には撮りづらい場所であった。タクラマカン砂漠もホータンからクチャ辺りの中央部に入れば、足跡などない大砂丘が続き、スケールの大きい写真が撮れるという。

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34*砂漠横断のラクダ隊:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*シルクロード時代には、この大砂漠を絹を背負ったラクダが往来していたのであろう。まさにこの地は、世界の東西の中心をつないだ《絲綢之路・しちゅうのみち》であった。この大砂漠を横断して東西文明が行き交っていった十字路であったのであろう。この砂丘に立ってみて、そんな感慨に耽っていた。馬方に頼んで乗ってきたラクダ隊に砂漠横断を実演してもらい、そのシーンを再現してもらった。地元ガイドによれば、現在の砂漠横断は鉄道とトラックが利用され、ラクダでの横断は観光用以外に見られないという。

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35*砂漠からの帰途:新疆ウイグル自治区・岳普湖にて*今回の砂漠撮影はあまり天候に恵まれず、《夕陽に染まる砂漠》や《月光の砂漠》を撮れずタクラマカンを後にしたが、またいつの日か訪ねて見たいと思いつつ、帰途のラクダの背に揺られていた。 (完)
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by chusan8611 | 2007-12-07 13:25 | 世界の山岳風景
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NO18:チベットの小動物たち2006

ヒマラヤやチベットのフォト・トレッキングをしている時、いろんな小動物たちに出会うことがあります。そんな時は興奮もしますし、大きなな喜びを感じます。

小動物たちとは《ランドクルーザー》での移動中に度々出合いがありますが、彼らは大変に臆病で、ドアーを開けるとすぐに気づいて逃げ去ってしまいます。そこで、窓を開けたままの望遠レンズ撮影になります。時には、車から出ての追跡撮影も試みますが、なにしろ標高が4000m~5000mと高いので酸素不足になり、こちらがダウンしてしまいます。

例えば、チョモランマ(エヴェレスト)ベースキャンプ(5200m)からの帰りに、《ブルーシープ》(中国名・岩羊)を発見、車から降りて追跡撮影をしましたが、5分もすると息が上ってしまい、追跡不可能になります。それでも千載一遇のチャンスですから、チョモランマを背景に入れてみたりして何枚かシャッターを切りましたが、終わってみたら見事にダウンでした(写真01&02参照)。

また、カイラス撮影に行く途中《オグロズル》を発見し追跡撮影しましたが、こちらが5m進むと彼らは5m先に移動してしまいます。この競争には勝てません。途中で諦め適当な距離での撮影で終了になります。この時も見事にダウンでした(写真08&09参照)。相手が野生動物ですから仕方ありません。めずらしい動物たちとの出合いをお届けします。 
 
  2007-01-15  加藤忠一記

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01*突然現れたブルーシープ*チョモランマ(エヴェレスト)のベースキャンプ撮影を終りロンブクに帰る途中、ガイドの廖さんが「野生の岩羊だ」と大きな声で叫んだ方角を見ると5~6頭のブルーシープがのんびりと歩いていた。とりあえず窓を開け何枚かシャッターを切った。

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02*チョモランマとブルーシープ*折角のチャンスですからチョモランマを背景に入れて撮ろうと思い追跡してみたが、彼らは注文通りに動いてくれない。仕方なくこちらが移動してみたが、2~3分も動くと息が上ってしまう。手持ち撮影ですからカメラぶれをしないように注意して動き回ってみる。何枚かシャーターを切ってみたらこちらがダウンしていた。

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03*草原のチベットガゼル*チョモランマBCからカイラスへは砂漠の大移動になる。途中に何箇所か草原も見られるが、そこには、羊やヤクが放牧されており、野生動物も出没することもあるという。出来るだけ野生動物を発見したいと遠くまで見てみるが、私の視力では発見が難しい。その点、チベット人の視力は驚異的で遠くのものまで捉えることが出来るようである。こちらは声がかかるのを待ちカメラを構える。ガゼル発見の声でガイドの指差す方角を見ると草原の彼方に数頭のチベットガゼルを捉えることができた。

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04*砂漠のチベットガゼル*砂漠のガゼルは同系色のため発見が難しい。この時は草原と砂漠の切れ目に光線が差し込み発見が容易であった。

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05*逃げるチベットガゼル*出来るだけ近づいて撮影しようとしてドアーを開けると、その瞬間、一斉に逃げ去ってしまう。彼らの聴力&視力には脱帽である。

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06*チベットノロバの軍団発見*この野生のロバに会えるのを楽しみにしていたがその時は比較的早く訪れた。10頭ばかりの《チベットノロバ》が遙か彼方を横一列に横断していたが300mm望遠では捉えきれない。

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07*チベットノロバ逃げ去る*この野生ロバも神経質で小さな気配でたちまち逃げ去ってしまう。ガイドの話では、この野生ロバは常に集団で行動し、群れを作って生活しているとのことである。

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08*オグロズル発見*ヒマラヤ越えの《アゲハズル》は有名であるが、この《オグロズル》も貴重な野生動物とのこと。雪の草原で二羽を発見したが、遠くでしか撮影が出来なかった。

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09*立ち去るオグロズル*このツルも大変に臆病で近くに行こうとすると足早に去ってしまう。この距離が限界であった。ツルの向うには何頭かの《ヤク》が草を食んでいた。

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10*チャガシラカモメ*マナサロワール湖でカイラスの撮影中、キャンプ地の周辺にカモメが飛来していた。首周りが茶色のカモメで、ガイドが《チャガシラカモメ》だと教えてくれた。キャンプ地周辺から出る生ゴミを狙っているようであった。

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11*ヤクの居留地*チベット高原はいたるところにヤクの放牧地が点在している。チベット人にとってヤクは貴重な家畜であり、ヤクなしの生活はありえないと聞く。ヤクの乳はチーズやバターになり、その肉は貴重な現金収入であり、毛皮は防寒具となる。しかも、糞まで薪代わに使われる。

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12*ヤクのボス見参*ヤクをよく見ると形・色合いは様々である。大型のヤクを何頭か撮影していたらボスにじっと睨まれた。慌てて逃げる。赤いヤッケを着ていたがガイドの話では「赤色」に興奮するとのこと。スペインの闘牛を思い出し、早々に立ち去ってみた。

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13*ヤクの渡河*向こう岸の放牧地に渡るためか、5~6頭のヤクが河を渡ろうとしていた。折からの逆光に黒々としたヤクの姿が印象的であった。

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14*羊の親子*チベット遊牧民にとってヤクと共に羊も貴重な財産である。とくに雌の羊は大切にされている。生まれたばかりの赤チャン羊が母親にぴったりと寄り添っていた。

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15*暖かそうな赤ちゃん羊*ぬいぐるみのような赤ちゃん羊である。生後間もない赤ちゃんに思わずシャッターを切る。

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16*気取った赤ちゃん羊*羊も色合い・形が様々である。めずらしい羊を探して撮影中、なんと気取った赤ちゃん羊を発見した。フアッションショーにでも出ている積りなのか、その歩き方の面白さにシャッターを切る。

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17*羊の乳搾り風景*一列に並ばされて乳搾りの真っ最中である。母親は乳絞りがお気に入りか、大変おとなしく一列に並ばされていた。

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18*繋がれた羊たち*首を交互にロープで繋がれた羊たち。縦に切り取ってみたら面白い写真になった。

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19*繋がれた羊たち2*ロープで首を繋がれた顔をアップで撮ってみた。実に様々な表情である。気に食わなそうな顔、諦めた顔、苦しそうな顔、怒っているようなか顔、中には恍惚とした顔?もみられる。

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20*羊の親分*ボス羊を探して何頭かのボスを撮ってみた。NO1はこのボスであった。毛並みの見事さ、眼光の鋭さ、角の大きさ、ボディーの見事さなど他を圧倒していた観があった。 《完》
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by chusan8611 | 2007-01-15 18:34 | 世界の山岳風景
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NO17:カイラス紀行2006(チョモランマからカイラスへ)

還暦を機に始めた私の《ヒマラヤ巡礼》も、今年で11年目を迎えました。その間、ネパール・ヒマラヤ、パキタン・カラコルム、中国横断山脈、チベットなどの山々を撮影して来ました。

この巡礼計画を立てたとき、最終撮影地は《カイラス》と決め込んでいました。
この聖地はチベット族の最高の聖地で、まさに、ヒマラヤ巡礼の終着地と考えていました。しかし、カイラスへ行くためには一ヶ月近い日数と5000mを越える峠をいくつも越しながらの過酷な《旅》を続けなければなりません。

そのため、昨年(2005年)の5月に取り敢えず《チョモランマ・ベースキャンプ》に行き、チベットの標高と薄い酸素に慣れることにして本番に備えました。チョモランマへの道も《長く厳しい旅》でしたが、カイラスへの自信となり今回の計画実施に繋げました。今回はその作品のいくつか投稿します。

   2006-11-19  加藤忠一記

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01*ポタラ宮殿の正面通りを行く巡礼者・ラサ3700mにて*ポタラとはインドの南海に浮かぶ観音菩薩の霊場のこと。その観音菩薩の化身、《ダライ・ラマ》の住まいとして、また政治と宗教の中心として17世紀に築かれた。世界最高所に建つ世界最大級の宮殿は、実に神々しい《たたずまい》でチベット人のシンボルである。また、この地がチョモランマ・ベースキャンプやカイラスへはこの地が出発地であり、また標高が3700mあることから、数日間滞在し高度順応してからスタートするのが一般的である。

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02*ナムツォ湖の夕景・ナムツォ湖4700mにて*チベット語で《天の湖》を意味するナムツォ湖(4718m)はラサから西北に200kmほどの所にある塩湖である。周囲をニェンチェンタンラ山脈(7162m)に囲まれた美しい湖である。チベットでは《マナサロワール湖》(今回撮影した湖)、《ヤムドク湖》(昨年撮影)と共にチベット三大聖湖の一つに数えられるチベット仏教の聖地でもある。ここでも一泊して高度順応をした。

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03*残月とヒマラヤ山脈・パンラ峠5200mにて*この峠はヒマラヤ山脈の大展望で8000m峰が四座も望見され、まさに世界一のヒマラヤ展望台である。この写真は峠で朝焼けのヒマラヤを撮影するため、チョモランマBCを朝4時に出発し峠に06:30頃到着したときに撮影したものである。

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04*朝日に染まるチョモランマ8848m(右)とローツェ8516m(左)・パンラ峠5200mにて*世界で朝一番の光が差し込むのは最高峰のチョモランマ(中国名・英名エヴェレスト)である。その曙光が終わり山稜全体が赤く染まり始める。静かな峠にシャッター音のみが響く。

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05*朝陽に染まるマカルー8463m(左)とマカルーⅡ(カンチェンツェ)7678m(右)・パンラ峠5200mにて*チョモランマが赤くなりはめたと思った瞬間、次に、峠の左ではマカルーが赤く染まり始める。よく見るとマカルーとⅡ峰は標高で800mの標高差があるためか、マカルー全体に光が差し込んでいるがⅡ峰は曙光が届き始めたばかりである。

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06*朝陽の染まるチョオユー8201m(右)とギャチュンカン7952m(左)・パンラ峠5200mにて*峠の右端にはチョオユーが輝き、その左にギャチュンカンが並んで屹立している。ギャチュンカンは標高で8000m峰に22m足りないためジャイアンツ(巨峰)の仲間入りはできない。しかし、ネパール側から見ても大きい山だと思っていたが、チベット側でも実に山容が立派な山である。

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07*ロンブク寺からのチョモランマ8848m・ロンブク寺5000mにて*パンラ峠から約3時間でロンブクに到着する。この地に立つとロンブク谷の奥に《チョモランマ》が大きく立ちはだかって迫ってくる。ロンブクでは二泊して朝夕のチョモランマ風景を思う存分撮影した。

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08*曙光のチョモランマ8848m・ベースキャンプ5200mにて*朝一番のチョモランマを撮影するため、ベースキャンプ前の岩山に立ちその瞬間を待つ。この日はかなりの強風が吹き荒れていたがその瞬間を待ち続けた。頂上付近がポツンと赤くともった瞬間、北東稜の稜線がわずかに輝き始め、前山のチャンツェ7580mの南東壁全体が燃え始めた。興奮してシャッターを押し続けていたが、30分ほど経って右手の指先(シャッターを押すため手袋をはめていなかった)が突然動かなくなり、指先を見ると紫色になっていたので慌てて岩山を下り付近のロッジに逃げ込んだ。

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09*夕日に染まるチョモランマ8848m・ロンブク5000mにて*2005年の撮影時もチョモランマは夕陽にあまり染まってくれなかったが、今回もそれほどの燃えかたが見られなかった。正面の北壁(丁度夕日が当たっている壁)が真っ赤に染まることを期待したが残念であった。

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10*雲行くチョモランマ8848m・ロンブク5000mにて*宿泊地のロンブクでは昼間はあまり撮影の機会がないので専ら休養することが多い。それでもチョモランマの様子が気になるので外を覗く。この日のチョモランマは快晴で北東稜線にはネパール側からくもが湧き上がっては消えて行った。頂上から左に下っている稜線は有名な《チョモランマ北東稜」である。ネパール側からはこの稜線の向こう側の《南東稜》を登る。頂上直下の壁には《マロリー》も眠っている。

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11*羊の放牧とシシャパンマ8,027m・佩枯錯湖4700mにて*チョモランマ撮影後チョモランマの登山基地オールドティンリーにて休養後、いよいよカイラスへ向かう。ルートはチャンタン高原を横断し、サガ・バルヤンにてそれぞれ一泊し、マナサロワール湖へ行く。オールドティンリーを出発して間もなく、シシャパンマ8027mが望見できる。2005年には左側のヤルレブシュン峠4900mにてこのシシャパンマ峰を撮影した。シシャパンマ峰は中国の領地内に位置する唯一の8000m峰である。(チョモランマ8848m(エヴェレスト)はネパール国境にあり、K2峰8611mはパキスタン国境にそれぞれ位置している)

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12*マナサロワール湖4600mにて*長い間夢見たマナサロワール湖である。チベット最高の聖湖である。いたる所に五色のタルチョ(祈祷旗)がたなびく巡礼地でもある。タルチョの向こうに《ナムナニ峰7694m》が聳え立つ。

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13*遙かなるカイラス(カンリンポチェ)6656m・マナサロワール湖4600mにて*マナサロワール湖に到着時は雲に覆われ見えなかったが、夕方になり雲が切れ始め、湖面の向う遙か彼方に聖峰が望見できた。

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14*夕焼け空に浮かぶカイラス・マナサロワール湖4700mにて*チベットでの落日は午後九時30分過ぎと遅く、この日のカイラスは頂上付近の空を赤く染め上げてくれた。マナサロワール湖の湖面の何箇所が一瞬、燃えた空の色を投影していた。

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15*土林とヒマラヤ山脈・ツァンダ(札達県)付近4000mにて*カイラスの基地《タルチェン4700m》で数日を過ごし、天候が良さそうなのでタルチェン北西200kmにある《グゲ遺跡》を目指す。左にヒマラヤ山脈を見ながら砂漠地帯を横断するが、ツアンダ付近まで来ると、柔らかい地層が侵食された《土林・トリン》が広大な範囲に広がっている。グランドキャニオンに似た奇観で現実離れした景観に圧倒される。

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16*燃える土林とトリン・ゴンバ(僧院)・ツァンダ3600mにて*夕方近くになり巡礼者も居なくなったゴンバ(僧院)付近が夕日で赤くなり始め、その向うにそびえる土林も赤く燃え上がってきた。チベット人ガイドから赤い土林はすごいよと言われていたが、想像を絶する景観の現出に言葉も出ず、ただただシャッターを押し続けていた。

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17*夕日で真っ赤に染まる土林*ツァンダ3600mにて*西日を浴びて何箇所もの土林が一斉に輝き始めた。姿形の面白そうな土林を探し、それが赤く染まって行く一瞬を捉えてみた。

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18*グゲ朝陽に妖しく染まる王朝遺跡・グゲ遺跡4100mにて*ツァンダから西方30kmほどの所にグゲ遺跡がある。チベット仏教再出発の地ともいえる王宮ツアンパランが存在した所である。グゲ王国は11世紀に分裂して衰え消え去るまで10万人の人たちが暮らしていたという。近くに《ミイラ石窟》があり、一万体のミイラが眠ると言われ、そのミイラを前日撮影したばかりである。朝陽に染まる岩山の遺跡は身震いするほどの妖しさで迫ってきた。

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19*カイラス(カンリンポチェ)6656mへの祈り・チュクゴンバ下4600mにて*熱心なチベット仏教信者はこの聖山の周りを何周もして祈り続ける。カイラスは一周約52kmあり、それを《五体当地礼》しながら祈りつづけて行く。《五体当地礼》はチベット式最高の礼拝方法である、両方の手を合わせてそれを、はじめ頭、次に口、最後に胸に手をあてて、その手を離したら地面にうつぶせになって手を前方に伸ばす。それを繰り返しながら前進して行く。巡礼者の顔のオデコにはタコができ、膝や手はあざだらけである。この巡礼者は学校の女教師で、布製の大きな手袋をはめていた。これから一ヶ月をかけて五体当地礼をして祈り続けると言う。

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20*カイラス鳥葬台・チュクゴンバ(僧院)下4600mにて*このカイラス鳥葬台は、チベットの三大鳥葬台(ほかにラサ鳥葬台・シガツェ鳥葬台)の一つである。チベット人ガイドによれば、その中でも、ここ《カイラス》を望む地にあるこの鳥葬台は、最高の葬送の地であり、ここで葬られることはチベット人にとって長年の夢であるという。鳥葬とは死者を鳥葬師が切り刻み、その肉片をハゲワシに食べさせる儀式である。満腹のハゲワシは天高く飛び上がり天空の彼方に消え去ると、死者の霊も天空に昇って行くという。この写真はチベット人ガイドに特別に頼み込んで案内してもらった貴重なワンショットである。鳥葬台の右奥に聖山カイラスが見守ってくれている。鳥葬台は大きな岩山の上に作られ、その岩山の周辺には死者の形見であろうか、毛布や衣類、靴などの遺品が散乱していた。

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21*夕照のカイラス山(カン・リンポチェ)6656m・タルチェン4700mにて*この聖山はヒンドゥー教徒、ジャイナ教徒、ボン教徒、そして仏教徒にとって世界最高の聖山である。とりわけチベット仏教徒にとってはカン・リンポチェ(尊い雪山)は仏教の宇宙観がそのまま地上に現れたマンダラであり、ブッダであると考えられている

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22*星明かりのカイラス・タルチェン4700mにて*ヒマラヤやカラコルムなどで何回も星空を撮影して来たが、最後にどうしても撮影したかった《星明かりの山》はこのカイラスであった。二週間以上のキャラバンで身体は疲れきっていたが、星の出揃う夜中を待って出掛けてみた。静まり返ったカイラスの麓にカメラをセットし、祈る気持ちで寒い夜空のもと一時間ほどを待つ。北極星を中心に円周を描いた北天の星座にカイラスがおさまった写真の出来上がりを祈っていた。

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23*鬼湖からのカイラス山・鬼湖畔4600mにて*カイラスを聖山らしく蒼い湖の湖面を前景に撮りたくて、人があまり出掛けないという《鬼湖》に行ってみた。ここから眺めたカイラスは、蒼い湖面の遙か彼方に乱舞する雲を左右に従え聳え立っていた。

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24*吊り橋を渡るチベットの少年たち・バーデン村にて*ラサへの帰り道はのんびりとチベット村風景やスナップを撮りながらの旅にした。こんな偏狭の地でも人々の暮らしはあった。村に架かる吊り橋を村人達が渡る。少年たちもやってきた。吊り橋を渡り終えた少年たちは、駆け足でやってきて物珍しそうにわれわれを取り囲んだ。

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25*春の放牧風景点描・昴仁県古馬村3800mにて*厳しい冬も終りチベットにも遅い春がやって来たようである。湿地帯の放牧地にはあちこちに水溜りができ、馬・牛・羊たちが久しぶりの青い草を食んでいる。何週間も茶褐色の砂漠地帯を走り続けたわが身に、このシャングリラ風景は、勇気百倍のエネルギーを注入してくれた。
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25*撮影スナップ:カイラスをバックに:2006/05:中国・チベット・チュクゴンバ4900m*   《完》
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by chusan8611 | 2006-11-20 19:02 | 世界の山岳風景
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NO15:シャングリラ紀行2006

10月初旬から二週間ほど中国・横断山脈の撮影に行ってきました。その速報報告として、他のブログ《chusanのハマ通信》に投稿しましたが、今回、フィルム作品が仕上がりましたので、フィルム・スキャンをした上で、フイルム作品の幾つかを投稿します。

横断山脈への入山は2004年&2006年に次いで三回目でしたが、過去二回は天候に恵まれず期待した撮影ができませんでした。しかし、今回は神山が微笑んでくれて、イメージ通りの撮影が出来ました。なお、使用のカメラは《ペンタックス645N》,フィルムスキャナーはキャノン《CanoScan9950FV》を使ってスキャンしました。

   2006-11ー2  加藤忠一記

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01*馬返しの峠にて・四川省洛絨牛場4200mにて*亜丁の村からは《馬》に乗っての移動になる。およそ三時間をかけ亜丁の谷を上りきると、谷最奥の《洛絨牛場》に到着する。馬はここで返すことになる。この峠に立つと谷の右に央邁勇峰5898m、左には夏諾多吉峰5898mが屹立している。2004年の時はここに中国軍のテント場が設置され、そのテントに宿泊して星空の山や朝日で真っ赤に染まった山を撮影できたが、今年からはテントが撤収され宿泊不能であった。ガイドの話では最近秘境ブームで中国観光客が殺到し、環境保全上から宿泊テントが撤収されることになったとのことである。

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02*ヤクと央邁勇峰5898m・四川省洛絨牛場4200mにて*この峠には昼頃の到着になり山も雲が出始め、頂上にも何度となく雲が覆い始めた。ヤクの遠吠えにふと峠を見ると一頭の《ヤク》がポツンと立っていた。この付近はヤクの放牧場になっており迷い込んだようである。バックに央邁勇峰を入れなんカットかシャッターを押してみた。

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03*夕方の仙乃日峰6032m・四川省沖古寺4000mにて*亜丁三山の中の最高峰で山容の大きい堂々たる山である。早い夕食を済ませ沖古寺のロッジを出てみると、逆光の中北壁が目の前に姿を現し、時折、雪崩が北壁を降って行った。

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04*央邁勇峰5898m・四川省洛絨牛場4200mにて*この鋭鋒は亜丁の谷の最奥に聳え立っている。この鋭鋒が朝日を浴び真っ赤に燃えた時は(2004年)、しばしシャッターを押し忘れるほの感動であった。

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05*雲行く太子峰6740m・雲南省飛来寺先3500mにて*亜丁三山の撮影を終え梅里雪山域に入ったが、この山域では好天に恵まれ、朝の撮影に続き昼の太子峰&明永氷河の撮影に出掛けてみた。折から頂上付近にはいろんな形の雲が飛来し見事なシーンを展開していた。

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06*武丁峰5993mと武丁峰氷河・雲南省飛来寺先3500mにて*飛来寺や徳欽観景台から見える梅里雪山連峰のうち、一番右に立っている峰である。標高は低いが、ここ飛来寺の先にある撮影ポイントからは、主峰《太子峰》にも見劣りしない山容と氷河を持ってる姿を撮影できる。

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07*昼の太子峰6740m・雲南省飛来寺先3500mにて*梅里雪山連峰13座の最高峰である。長大な明永氷河を持ち左右に稜線に広げ、主峰に相応しい山容の高峰である。

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08*星明かりの梅里雪山・雲南省飛来寺3500mにて*夜中にトイレに行き、梅里雪山を見上げると満天の星空であった。チャンスとばかり急いでカメラをセットした。暗闇の中でのセットのためカメラの水平が出ているか心配であったが《直感》を頼りにセットしてみた。50分のバルプ撮影にして10分毎にチェックする。星明かりの山撮影は、無風&快晴が条件である。30分のチェック時に山頂を見上げると雲が出始めている。慌ててシャッターを切る。そうしないと星の軌跡が消えてしまう。現像してみると水平は見事に出ていたものの、予感通り軌跡が寸断されていた。

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09*星明かりの神女峰6054m・雲南省飛来寺3500mにて*星明かりの神女峰撮影は長い間の夢であった。三度目にして好機到来であった。右の《五冠神山5470m》と《将軍峰6365m》を入れセットしてみた。撮影中、多少雲が出てきたが何とかイメージに近い撮影が出来た。

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10*黎明の太子峰6740m・雲南省・徳欽観景台3500mにて*梅里雪山入山三日目も好天に恵まれた。早朝、徳欽観景台に移動して明け行く《梅里雪山》の山々を待つ。慎重にカメラをセットし、長い間、夢にまで描いた《シーン》を今日こそはと待つ。その《シーン》とは、黎明&曙光&紅彩の三シーンを撮ることである。撮影の相手は神女峰と太子峰のふたつに絞り込む。そうしないと一瞬にくる曙光を捉えきれない。他の高峰はこの二つの神山の次に撮影すことにした。

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11*曙光の太子峰6740m・雲南省徳欽観景台3500mにて*連峰のうちまずこの最高峰の頂上に一番光がとどく。興奮しながらも冷静に何枚かのシャッターを押す。光は次に神女峰にとどき、標高順に移って行く。

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12*紅彩の太子峰6740m・雲南省徳欽観景台3500mにて*曙光はすぐに消え去り、次に山稜が赤く燃え始める。谷間にシャッター音が響く。カメラマン至福のひと時が始まる。

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13*黎明の神女峰6054m・雲南省飛来寺3500mにて*標高こそ主峰《太子峰》に及ばないが姿形の美しさは梅里雪山NO1である。過去一度も《燃える神女峰》を撮影していない。晴れ渡るこの山を前にして、なんともいえない興奮を覚えた。夜が明けるに従い美しい山稜がピンクに染まってきた。

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14*曙光の神女峰6054m・雲南省飛来寺3500mにて*待ちに待ったシーンがやってきた。多少色の出方が薄い感じであったが、何枚ものシャッターを切っていた。

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15*紅彩の太子峰6054m・雲南省徳欽観景台3500mにて*期待通りの見事な色合いの朝焼けである。神々しいという形容はこのシーンのためにこそあるという思いがした。

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16*黄葉のカラマツと白馬雪山・雲南省白馬雪山峠4200mにて*梅里雪山の手前にこの白馬雪山が横たわって見えてくる。丁度、山稜手前のカラマツが黄葉の真っ盛りであった。そのカラマツの木々を形よく手前に入れ、出来るだけパンフォーカスになるように絞り込んで撮ってみた。

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17*白馬雪山主峰5640m・雲南省白馬雪山峠4200mにて*白馬雪山の山並み中央に氷河をもった主峰が聳え立っている。400mm望遠で慎重に切りとってみた。

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18*黎明の玉龍雪山5596m・雲南省麗江3000mにて*2005年の撮影時には形の良い《かさ雲》が真っ赤に染まってくれたが、今回は雲ひとつない快晴で平凡な朝焼けで終わってしまった。
  
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19*撮影スナップ:太子峰をバックに:2006/10:中国・四川省・飛来寺3600m*    《完》
               
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by chusan8611 | 2006-11-02 18:05 | 世界の山岳風景

(7)燃えるヒマラヤ

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NO7:燃えるヒマラヤ

ヒマラヤの撮影をはじめて十数年になりますが、なんといっても、撮影していて一番興奮するのは、朝光・夕光に染まったヒマラヤです。
しかも、形の良い雲が頂上付近に現れ、それが真っ赤に燃え始めた瞬間です。そんな時は、一瞬シャッターを切るのも忘れるほどです。

しかし、自然相手の被写体ですから、自分のイメージ通りの作品は、そんなに撮れるものではありません。そんな中でも、皆さんにご高覧いただけそうな作品の幾つかを公開することにしました。ヒマラヤ山脈は、ネパール・中国・インド・ブータン・パキスタンの五カ国にまたがる南北200km・東西2400kmの大山脈で、まさに《TOP of The World》です。

   2006-9-11    加藤忠一記

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01*燃えるエヴェレスト山群 撮影地・ネパール・チョーキ・1999/11*テント撤収の早朝、エヴェレスト山群方面を見ても雲が厚く、諦めて荷物整理をしていた時、「エヴェレスト!」と叫ぶポーターの大きな声でテントを出た瞬間、赤く染まったエヴェレスト山群が飛び込んできた。慌ててカメラ・三脚を取り出して撮影した記念すべきショットである。写真は手前右がマカルー8463m、中央三角の高峰はピーク6739m、左奥ローツェ8516m、その右はエヴェレスト8848mである。

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02*朝日に輝くカンチェンジュンガ8586m 撮影地・ネパール・チョーキ・1999/11*この高峰はヒマラヤ山脈の東端に位置し、ネパールとインドの国境に聳え立っている。ヒマラヤの登山基地ネパール・カトマンズに行くときに、飛行機の右側に先ず飛び込んで来るHimalayaである。この山は長い間、世界最高峰と思われていた(実際は世界第三位)ように、実に山容の大きな堂々とした山である。エヴェレスト山群の撮影でネパール・チョーキの丘にキャンプした際、夜明けのカンチェンジュンガを捉えることができた。山頂周辺の雲が急に燃え始め、山稜がオレンジ色の雲で覆われるとそれが乱舞しはじめた

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03*燃えるマカルー8463m 撮影地・ネパール・チョーキ・1999/11*劇的なドラマは最後に用意されているものである。1999年11月のマカルー撮影はあまり天候に恵まれず、期待したほどの撮影結果が得られず、最終日早朝にテントの中で下山準備をしていたとき、急に外が騒がしくなり、「出たぞ・・・」という声でテントの外に飛び出した。テントの正面では、劇的なドラマが展開されていた。マカルーにいく筋もの紅い雲が走りぬけて行った。シェルパの人たちもめったにお目にかかれないシーンであったとのことである。

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04*曙光チョモランマ 8848m 撮影地・チベット・チョモランマBC・2005/5*チョモランマ(英名・エヴェレスト)のベースキャンプを見下ろす小さな岩山で「曙光のチョモランマ」を狙って早朝から待っていた。しかし、この朝のチョモランマBCは強風が荒れ狂い気温も相当に下がってきた。指先の感覚が無くなりそうになり諦めかけた瞬間、期待通りの第一光が頂上に差し込んできた。感覚の無くなってきた右指に温かい息を吹き込みつつ何枚かのシャッターを押し続けた。

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05*夕日に染まるチョモランマ8848m 撮影地・チベット・チョモランマBC・2005/5*ネパール側のエヴェレスト(英名・ネパール名ーサガルマータ・チベット名ーチョモランマ)は何処から見ても前山が視界を遮りエヴェレストの頂上付近しか見えないが、ここチョモランマのベースキャンプでは、山容全体を大きく見ることが出来る。そのチョモランマの北壁に夕日が差込み、北壁が真っ赤に燃えるの期待して待ち続けたが、昨年同様にこの時も期待した色に染まらず終わってしまった。

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06*朝陽に染まるローツェ8516m(左)&チョモランマ8848m(右) 撮影地・チベット・パンラ峠・2005/5*早朝3時過ぎロンブク谷を出発し、このパンラ峠(5200m)でヒマラヤ山脈に朝日が差し込んでくるのをランクル車内で待つ。この峠からは8000m級の巨峰が四座も並んで見渡せる。どんな光景が展開されるかと思った瞬間、その期待通りのシーンが現出した。チョモランマとローツェにかかる雲も徐々に赤く染まりかけてきた。

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07*朝陽に燃えるギャチュンカン7952m(左)&チョオユー8201m 撮影地・tチベット・パンラ峠・2005/5*パンラ峠に立つと、左にマカルー(8463m・世界第五位)、中央にローツェ(8611m・世界第四位)とチョモランマ(8848m・世界第一位)、そして右には、このチョ・オユー(8201m・世界第六位)が聳え立っている。その左には私の大好きなギャチュンカン(Gyachung Kang 7952m)が望見できる。

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08*赫光ヒマルチュリ7893m 撮影地・ネパール・バーラポカリ・1998/11*バーラポカリの尾根に立つとマナスル三山が大きく立ちはだかって見える。マナスル・ピーク29の右に見えるのがこのヒマルチュリである。大変に大きな山容で朝日に輝く山稜もすばらしいが、夕日に染まる姿も雄大である。

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09*夕光に染まるピーク29 7871m 撮影地・ネパール・バーラポカリ・1998/11*このピーク29をはじめマナスル三山は、いずれも日本人が初登頂し、『日本人のヒマラヤ』として有名である。そのマナスル三山を撮影するためバーラポカリ尾根になんども足を運んでみたが、午後になると谷間から雲が湧き上がり山々を隠してしまう。そんな天候の中、雲間から一瞬このピーク29が紅く燃え上がってきた。われを忘れて何枚もシャッターを切った時の一枚である。

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10*夕照マナスル8163m 撮影地・ネパール・バーラポカリ・1998/11*この巨峰は1956年5月9日、日本山岳会によって初登頂され、日本人による唯一の「8000m峰」初登頂のヒマラヤである。ピーク29峰との谷間から湧き上がる雲の中、夕陽に染まる姿を見せてくれた。写真右はピーク29(7871m)、左がマナスル8163mである。

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11*赫光ラムジュンヒマール6983m 撮影地・ネパール・バーラポカリ・1998/11*マナスルの左に続く山稜に見える高峰である。マナスル三山に比べると標高こそ低いが、夕日に染まった姿は実に堂々としていた。

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12*かさ雲に染まるアンナプルナ南峰7219m 撮影地・ネパール・オーストリアキャンプ・1997/11*東の空が染まり始めそろそろ朝光が走ってくると思われた瞬間、アンナプルナ南峰の頂上に形のよい雲がかかりはじめ、それに向かって朝一番の光が射し込んできた。一瞬息をのむ静寂の中「神々の座」は輝きを増し始めた。

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13*朝光のダウラギリⅠ峰8167m 撮影地・ネパール・ラルジュン・2000/11*ダウラギリはヒマラヤ山脈でも一番西方に位置する大山塊である。ジョムソンからカリガンダキ川を下りラルジュンで夜明けのダウラギリ東面の曙光を待つ。頂上に光が差し込み、それが徐々にくだりはじめ頂上直下の氷河にまで下りきった時の一枚である。  《完》
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by chusan8611 | 2006-09-11 18:00 | 世界の山岳風景
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NO6:燃えるカラコルム&中国横断山脈の高峰

前回の記事では、(2)《燃えるヒマラヤ》と題して、ネパール・ヒマラヤのダウラギリまで投稿しましたが、引き続き、ダウラギリから西に位置するカラコルム山脈やヒマラヤ山脈の東端に位置する中国横断山脈の高峰を掲載します。

カラコルムの高峰はヒマラヤと違い氷河の侵食で削られた鋭鋒が屹立し、氷河も3000mくらいから見ることが出来ます。

中国横断山脈の高峰は、最近になり興味をもちはじめ、ここ数年通い続けています。撮影地まで車や馬で入れますし、撮影地の標高も3000m~4000mとヒマラヤに比べ低く、入山がし易くシルバー隊にとって好都合です。

     2006-9-11    加藤忠一記

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01*夕照に染まるトポップダン峰6106m 撮影地・パキスタン・パスー村*カラコルム山脈のバトゥーラ氷河を遡りバトゥーラ峰を撮影するため、登山基地のパスー村に入る。この村で一泊しガイド&ポーターと合流する。その日の夕方川原に張ったテントを出てみると川岸の向こうに聳え立つトポップダン峰が夕日を受けてピンク色に染まり始めた。
この山の山容(鋭鋒)が異様でまさに奇峰・怪峰といった雰囲気の高峰である。画面中央奥が主峰。

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02*夜明けのディラン7257m 撮影地・パキスタン・タカファリBC*この日のディラン峰は頂上付近に厚い雲がかかり、ラカポシ峰方面から射し込む光は、その厚い雲に遮られ、多少ピンク色になっただけで終わってしまった。

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03*赫光バトゥーラⅠ峰7795m 撮影地*パキスタン・プットマハル*プットマハルのベースキャンプでは2泊のテントを張ったが、2日続きの晴天に恵まれ、この日の朝も真っ赤に染まったバトゥーラⅠ峰を撮ることができた。

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04*紅彩梅里雪山・太子峰6740m 撮影地*中国雲南省・飛来寺*霊峰《太子峰》はチベット族の聖なる神山であり、いまだ登山許可がおりず未踏峰である。朝早くからカメラを構えたが雲が厚くなかなかその姿を現さない。一瞬雲間が開き赤く染まった雄姿を見せてくれた。

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05*赫光央萬勇峰5898m 撮影地*中国四川省・洛絨牛場》*早朝ヘッドライトを頼りに静まり返った亜丁の谷で夜明けを待つ。一筋の光が央邁勇峰の頂に届いた。天空のドラマがはじまる。静寂の谷にシャッター音のみが響きわたる。

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06*紅彩の夏諾多吉峰5898m 撮影地*中国四川省・洛絨牛場*この峠からの夏諾多吉峰は朝焼けにはならないが、夕陽は稜線に射し込み、この日の夕方も見事な紅彩を見せてくれた。

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07*朝光に燃える玉龍雪山5596m 撮影地*中国雲南省・麗江萬鼓楼*この朝の玉龍雪山は、谷から湧き出した雲と頂上付近の笠雲を真っ赤に染め上げ、文字通り、天空に向かって龍が吠えまくっていた。

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08*夕照のミニャコンカ7556m 撮影地*中国四川省・新都橋*ミニャコンガ峰は中国・四川省の最高峰であり、中国チベットの《マッターホルン》といった雄姿である。新都橋に下る手前の峠で、丁度、夕日が射し込んできた。寒さに震えながら雪原で待った甲斐があり、ピンク色の見事な山容をとらえることができた。

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09*雲染まる玉龍雪山5596m 撮影地*中国雲南省・麗江萬鼓楼*東の空から射し込んできた早朝の第一光は、玉龍雪山の頂上と右方の雲を真っ赤に染め上げ、実に見事なドラマを演出してくれた。ヒマラヤでは何度となく見事な朝焼け&夕焼けを撮ってきたが、この朝の玉龍雪山はベスト3に入るようなシーンをプレゼントしてくれた。  《完》
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by chusan8611 | 2006-09-11 10:21 | 世界の山岳風景
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NO2:星明かりのヒマラヤ

(皆さん、たまには、《見上げてごらん夜の星を!》をなさっていますか。もっとも、忙しい都会生活ではこんなスローライフは期待できませんし、街灯りで星座もはっきり見えませんね。)

ところで、ヒマラヤの星座群はすごいですよ。標高が高く(私の行く平均的な標高は4000m~5000m)、空気が乾燥しており、周囲は明かり一つ無い真暗闇ですから、見渡す限り《満天の星》であり、標高が高いので《降るような星》を見ることができます。

ただし、無風快晴という条件がありますので毎回見られるというものでもありません。少しでも雲があれば星の軌跡が途切れてしまい作品になりません。しかも星座群が見事に展開されるのは夜の10時過ぎからです(チョモランマBCでは夜11時過ぎでした)。

昼間のトレッキングや撮影で疲れきった身体には、深夜の星空撮影は大変にキツイですね。それに寒さと高山病でカメラをセットするのも辛くなります(撮影時間は一枚撮るのに約1時間)。そんなことからヒマラヤでの星撮影のチャンスは少ししかありません。
その数少ない作品のいくつかを掲載します。

   2006-9-8     加藤忠一記


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01*バトゥーラ7795m南天の星座群・撮影地・パキスタン・プットマハル*バトゥーラ氷河上でテントを張り撮影した。天の川と流星が見事であった。

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02*カラコルム北天の星座群・撮影地・パキスタン・ヤシパット*シャッターを押した時点では晴れていたが途中から雲が出て星の軌跡が乱れてしまった。失敗作である。

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03*仙乃日峰6032mの月の入りと北天の星座群・撮影地・中国・四川省*北の星座群の稜線左谷間に丁度月が落ちようとしておりその辺りが明るく輝いていた。

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04*夏諾多吉峰5898mと南天の星座群・撮影地・中国・四川省*午後9時頃テントを出てみたら無風快晴の夜空に満天の星が輝いていた。千載一遇のチャンスで撮った一枚。

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05*チョモランマ8848m(エヴェレスト)南天の星座群・撮影地・中国チベット・チョモランマBC*この夜は星月夜になってしまいチョモランマ山稜が明るかった。

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06*カイラス6656m(カン・リンポチェ)北天の星座群・撮影地・中国チベット*どうしても撮りたかった一枚である。深夜12時にカメラをセットし終了は真夜中の2時。  《完》
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by chusan8611 | 2006-09-08 20:54 | 世界の山岳風景