還暦を機に始めた撮影トレッキングに行ったネパールヒマラヤ・パキスタンカラコルム・ヨーロッパアルプス・日本アルプスなどの山岳写真のほか内外の風景写真を掲載しています。


by chusan8611
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CHUSANの写真ブログ《 感動発信! 感動共有! 》
NO39:マナスル三山・トレッキング紀行1998

ヒマラヤン・トレッキング~Himalayan Trekking~の第三回投稿はマナスル三山です。ヒマラヤには標高8000mを超える高峰《ヒマラヤン・ジャイアンツ Himalayan Giants》が14座ありますが、そのうち、日本登山隊が初登頂したのが、8番目の巨峰・マナスル:Manaslu 8163mです。

マナスル三山とは、マナスル(8163m)とその南に位置するP29(7871m)、ヒマル・チュリ(7893m)を指し、いずれも日本隊が初登頂を果たした山で、《日本人のヒマラヤ》と言われています。

*マナスル Manaslu 8163m 1956年5月9日 日本山岳会登山隊初登頂
*ピーク29 Peak 29 7871m(マナスルの南) 1970年10月11日 大阪大学登山隊初登頂
*ヒマル・チュリ Himalu Chuli 7893m(マナスルの南東)1960年5月24日 慶応義塾大学登山隊初登頂 

マナスル初登頂は戦後日本の大事業としてマスコミに報道され、日本各地で「登頂講演会」が開催され、私も槇有恒隊長の講演会を聞きに行きましたし、写真集や登頂記も読み漁り、いつの日かマナスルを見てみたいと念じていました。

これらマナスル三山はネパール・ヒマラヤのほぼ中央に位置し、その展望台へトレッキングするのにもカトマンズから近く、比較的入山しやすい山群です。
私はカトマンズからマナスル山群の展望台《バーラポカリ尾根3500m》にはヘリコプター・チャーター便で行き、ポーターたちと合流後、キャンプ地に直行、バーラポカリ尾根にテント泊をしながら撮影しました。
トレッキングの模様などを投稿しますのでご高覧ください。

  2008-11-28  加藤忠一記

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01*キャンプ地にヘリ着陸:バーラポカリ尾根3200mにて*カトマンズ空港から約50分で撮影地尾根へ到着、宿泊テントから出迎えのシェルパ&ポーターたちの出迎えを受ける。一挙に3500m地点に着陸すると高山病症状が出るので、ひと休みしてから目的地のキャンプ地に出発する。

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02*キャンプ地へ出発:バーラポカリ尾根3200mにて*カメラザックなどの荷物は出迎えのポーターたちが背負ってくれるので、キャンプ地へは身軽になり周囲の景色を見ながらのトレッキングとなる。尾根道は平坦で歩きやすく、ヘリコプター着陸地から約2時間でキャンプ地に到着できた。

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03*バーラポカリ尾根の景観:バーラポカリ尾根3100mにて*《バーラポカリ》とは現地語で「12の湖」という意味とのこと。尾根筋の池にはマナスル三山が投影し、周囲はシャクナゲの大木が生い茂り、見事な景観である。

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04*バーラポカリ尾根のキャンプ地:バーラポカリ尾根3100mにて*カトマンズから先行(ポーターたちはカトマンズ近郊の村から何泊もしながらテント資材・食糧そのたの荷揚げをして、キャンプ地にてテント設営して我々一行を待つ)したポーターたちがテントを設営してくれた。尾根筋の平坦地にテント(一人テント)が設営され、木々の向こうにマナスル三山が望見できる。

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05*バーラポカリ尾根の撮影ポイント:バーラポカリ尾根3100mにて*キャンプ地から撮影ポイントまでは徒歩で30~40分で、ここからは眼前にマナスル三山が屹立している。朝夕の二回、このポイントから撮影を行う。11月ともなると早朝はかなり冷え込み、朝は霜柱も立ち水溜りには氷も張る(写真左からマナスル・ピーク29・ヒマルチュリ)。

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06*バーラポカリ尾根の夕焼け:バーラポカリ尾根3100mにて*ある夕方、ピーク29が雲間から顔を出し、真っ赤に燃え始めたのを撮影していたとき、ふと、後方(西)を振り返ると見事な夕焼け空が展開していた。まるで《サバンナの夕焼け》を見ているようであった。

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07*バーラポカリ尾根の朝焼け:バーラポカリ尾根3100mにて*ヒマラヤの空は澄んでいて、標高も高いことから東の空は見事な朝焼けを見せてくれる。夜明けから日の出まで何段もの色変化が展開される。

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08*夕日に燃えるピーク29:バーラポカリ尾根3100mにて*この日は、朝からマナスル三山にかけ雲が厚く立ちこめ、夕方になっても空模様に変化が見られなかった。諦めてテントへ帰ろうかと思っていた瞬間、ポーターが“出たー!”と叫んだ。ピーク29の谷間からの雲が開き始め、雲間から稜線が顔を出し、ついに、頂上を覆っていた雲がとれ、真っ赤に燃えたピーク29が現れた。

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09*夕陽に染まるラムジュン・ヒマール6893m:バーラポカリ尾根3100mにて*ピーク29の《ドラマ》が一段落すると、マナスル左方のラムジュン・ヒマールがわずかな夕陽に頂上付近を赤く染め始めた。稜線下の谷間から上がる白い雲とのコントラストがすばらしい。

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10*紅彩ヒマルチュリ7893m:バーラポカリ尾根3100mにて*マナスル三山では一番南に位置するヒマルチュリも頂上から雲が取れ始め、雄大な山稜を赤く染めていた。

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11*残照に輝くマナスル8163m:バーラポカリ尾根3100mにて*ピーク29やヒマルチュリが夕日に染まってくれたが、主峰のマナスルは赤く染まることなく、間もなく残照も消え去っていった。

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12*夜明けのマナスル(左)とピーク29(右):バーラポカリ尾根3100mにて*早朝の寒さの中、バーラポカリ尾根の撮影ポイントにて夜明けを待つ。第一光はマナスルの東壁にとどき始める。間もなく、ピーク29の稜線にも光がとどき、稜線上に雪煙が上がるにも望見出来る。

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13*朝光を浴びるピーク29 7871m:バーラポカリ尾根3100mにて*ピーク29の稜線にとどいた朝光は次第に岩壁全体を覆い始める。

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14*朝光を浴びるヒマルチュリ 7893m:バーラポカリ尾根3100mにて*マナスル三山の朝光はヒマルチュリの山稜にもとどき、稜線のいたるところが白く輝き始め、さかんに雪煙を上げはじめた。

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15*昼食休憩地:バーラポカリ尾根下部2500m付近にて*バーラポカリ尾根での撮影を終え、キャンプ地からから尾根道を下山し、タクサール村(1600m)のキャンプ地を目指す。タクサール村まで約8時間の行程で、途中、尾根末端で昼食休憩をする。

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16*ポーターたちの昼食:バーラポカリ尾根下部2500m付近にて*ポーターたちは撮影地でも持参の毛布一枚をかけ夜を過ごす。11月初旬の早朝は零下まで気温が下がり、「寒くないか」と尋ねると、「慣れているから平気」との答えが返ってくる。この日の彼らの昼食も、持参した米を煮て、それに尾根の谷間から摘んできた《野草》と《岩塩》を入れて、日本流の《オジヤ》みたいにして食べていた。

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17*生活道を行く:バーラポカリ尾根下部2000m付近にて*キャンプ地のタクサール村に近づくと、農作業の村人や家畜と行き交う。下山道は生活道路なので、彼らの邪魔にならないように気をつけて通り過ぎる。

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18*大樹の下を行く:タクサール村1600mにて*この辺りまで下がると道幅も広くなり下り坂が続く。植生も変わり落葉樹の大木が道の両側に見え始める。

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19*水汲み場風景:タクサール村1600mにて*最終キャンプ地のタクサール村の入口に水飲み場があり、村人が水汲みに来たり、牛たちも水飲みに集まって来ていた。ここでは朝夕、村のおかみさんたちの《井戸端会議》も開かれよう。

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20*タクサール村小学生の大歓迎:タクサール村1600mにて*キャンプ地はタクサール村の小学校の校庭(野原)を借りてテントを張ることにした。小学校に着くと村中の子供たちが出迎えてくれた。どの顔も笑顔での歓迎である。

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21*タクサール村民の歓迎会:タクサール村1600mにて*小学校の校庭の賃料(小学校改修費用の一部にと寄付も添えた)を払うと、夕方から村長さんはじめ村人たちがわれわれのテント場を訪問し、歌と踊りの歓迎会を開いてくれた。私にも野花で作られたレイをプレゼントしてくれた。

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22*タクサール村の段々畑:タクサール村1500m付近にて*タクサール村も傾斜地のため、棚田風の段々畑が続く。標高も1000m地帯で、気候も亜熱帯気候のため、ポインセチアが咲き、バナナの木も多く見られる。

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23*ポインセチアの大木:*タクサール村1000m付近にて*ネパールというと、すぐに《雪と氷の世界》を連想するが、この国は、いわば、《垂直の国》で下は標高300m~500mの草原地帯から上は8000mの高山帯が混在している。タクサール村でも1000付近では、ポインセチアなどの熱帯植物も咲き乱れ、バナナがたわわに実っている。

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24*ヒマラヤ桜:タクサール村1000m付近にて*11月にはカトマンズ郊外やポカラなどでも《ヒマラヤザクラ》をよく見かけるが、タクサール村でも大きなヒマラヤザクラが満開であった。ヒマラヤザクラは、ヒマラヤ地方に分布し、11月から12月頃にかけてソメイヨシノに似た花が咲く。この年は横浜で桜を見ているので二回目の桜見物となった。

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25*牛を使っての脱穀作業:バレク・サング村700m付近にて*この頃は麦などの収穫期で、7~8頭の牛を使っての脱穀作業が見られた。かっての日本の田舎で見られた風景である。畑の向こうにはマナスル三山が望見された。

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26*吊り橋を行く:バレク・サング村700m付近にて*この吊り橋を渡るとポカラに通じるバス道があり、出迎えのバスも待機している。ここで苦楽を共にしたポーターたちとも別れポカラへと向かい、ポカラからは定期便でカトマンズへ帰った。   
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27*撮影スナップ:マナスルをバックに:1998/11:ネパール・バーラポカリ尾根3600m* 《完》
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by chusan8611 | 2008-11-28 14:21 | ヒマラヤ・トレッキング
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NO38エヴェレスト街道トレッキング紀行1997

1997年11月に《アンナプルナ山群》の撮影を終え、一旦、カトマンズに帰ってから、エヴェレストを撮影するため、シャンボチェに向かい、エヴェレスト撮影をして来ました。

ご存知の通り、エヴェレスト:Mt Everest・8848mは世界の最高峰・Top of The Worldですが、この最高峰の撮影場所として簡単に行けるのが、シャンボチェ(標高3800m)にある《ホテル・エヴェレスト・ビユー》です。
このホテルは、私の知人でもあるヒマラヤ観光の宮原さんが経営するホテルで、世界各地から観光客が押し寄せます。ホテルの各部屋からはエヴェレストを眺望でき、ベランダからも撮影が出来るエヴェレストのビューポイントです。

さて、エヴェレストは1850年頃までは三角測量の番号名称である《ピーク15》と呼ばれていましたが、1852年に測量データの計算の結果、《世界最高峰》であることが発見され、インド測量局長官として功績のあった「ジョージ・エヴェレスト」の名前がつけられ、以来、エヴェレスト峰が世界最高峰として世に知られ、名称が固定されるようになりました。しかし、エヴェレストはネパール・中国チベットの国境に位置することから、今でも、ネパールでは現地語で《サガルマータ》、中国では《チョモランマ》と呼ばれています。私はチベット語の《チョモランマ》という呼称が大好きで、あまりエヴェレストとは呼んでいません。

エヴェレストの撮影展望台としては、ネパール側からはシャンボチェ(3800m)やカラパタール(5500m)、ゴーキョピーク(5300m)などがあり、中国側からはパンラ峠(5100m)やチョモランマ・ベースキャンプ(5200m)などがあります。私も2003年にゴーキョピーク、2005&2006年にチョモランマ・ベースキャンプに行きましたが、エヴェレストの眺望としては、チベット側のチョモランマBCの方が気に入っています。

シャンボチェ(3800m)へは、1997年当時、カトマンズから小型飛行機が就航していて、カトマンズから50分ほどで行くことが出来ましたが、翌年、この飛行機がヒマラヤ山中に墜落し、現在はカトマンズからルクラ行きの定期便を利用せざるを得なくなりました。

私が訪ねたシャンボチェは新雪も降り、快晴の日にはエヴェレスト山群を思う存分撮影出来ました。そのときの作品を投稿してみます。     2008-11-20  加藤忠一記

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01*エヴェレストへの登山基地:シャンボチェ飛行場にて*私が最初にシャンボチェに行った時(1997年)には、カトマンズからの小型飛行機がシャンボチェ飛行場へ就航していた。カトマンズから50分ほどで到着する。シャンボチェ飛行場は急な崖の上にあり、滑走路は上向きに作られていて、着陸と同時に急ブレーキをかけると自然に滑走路上に停止出来るように設計されているようである。土煙を上げて着陸するとタムセルクが出迎えてくれた。(写真後方の山:タムセルク)

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02*エヴェレスト街道への道:シャンボチェにて*現在はシャンボチェ飛行場が閉鎖され、時々、ヘリコプターのチャーター便が離着陸しているようである。当時はここが《エヴェレスト街道》への出発地で、高度順応してから出発となる。(写真中央の山:アマダブラム)

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03*コンデ・リ山群に架かる彩雲:シャンボチェにて*シャンボチェを出発して間もなく、後方を振り向くとコンデ・リ(6187m)の上空に彩雲が出ていた。雲の形と色具合を見ながら、早速、PLフイルターを装着して撮ってみた。

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04*エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*《ホテル・エヴェレスト・ビュー》は、サガルマータ(エヴェレスト)国立公園内シャンボチェに立地し、客室12部屋、収容定員24名の山岳ホテルで、客室からエヴェレスト山群を眺望できる素晴らしいホテルである。ホテル到着の翌日は雪となり、テラス周辺も雪化粧していた。(写真後方の山:クンビラ5761m)

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05*夜明け前のエヴェレスト山群:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*夜明けのエヴェレスト山群を撮影しようと早朝4:00ごろベランダに出て見るとローツェに雲がかかっているものの、ヌプツェ・エヴェレスト・アマダブラムなどがくっきりと見渡せた。この写真は露光20分で撮影したが、多少曇っていたため星が切れてよく写っていない。肉眼ではまだ暗かったが、長時間露光のため山稜が昼間のように撮影されている(写真左からタウツェ・エヴェレスト・ローツェ・アマダブラムである。なお、写真やや中央右方の灯りはタンボチェ僧院の灯りである)。

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06*夜明け前のアマダブラム・Ama Dablam 6812m:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*夜明け前のエヴェレスト山群は、薄暗闇の中、静まりかえっている。そんな中、アマダブラム右方の東の空が明るくなり始め、夜明けの光が射しこもうとしていた。

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07*夜明け前のタムセルク・Tamserku 6623m :エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*アマダブラムの右方にはタムセルクが屹立しているが、ここにもまだ光は射しこんでこない。タムセルク後方に位置するカンテガ・Kangtega 6779m上空の雲が染まり始めてきた。間もなく夜明けの第一光が射しこんでくる。

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08*明け行くタムセルク:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*朝一番の光が射しこもうとするとタムセルクの上空一面に雲が乱舞し始めた。タムセルクの頂上も白み始めてきた。

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09*夜明けのタウツェ・Tawetse 6501m:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*エヴェレストの左に見えるタウツェの稜線にも光が届き始める。

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10*夜明けのエヴェレストとローツェ:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*エヴェレストの東壁(チベット側)へは朝日が届き、東壁は赫光に染まっていると思われるが、ネパール側に位置するシャンボチェは西側のためまだ光が届いていない。しかし、エヴェレストとローツェの上空の雲にはひかりが届き始め赤く染まり始めてきた。

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11*:明け行くエヴェレスト・Mt Everest 8848m:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*漸く、エヴェレストの頂上付近が白み始め、手前のヌプツェ稜線もくっきりと見えはじめ、エヴェレスト上空の雲も染まりはじめてきた。

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12*明け行くローツェ・Lhotse 8516m:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*ローツェ上空も染まりはじめて来る。

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13*朝日射しこむタムセルク:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*しばらくすると、タムセルクの右方から第一光が射しこみ、《朝光のドラマ》が開演となる。タムセルク左上のカンテガは光が一面に射し込んでいる

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14*朝日射しこむヌプツェ・Nuptse 7855mとエヴェレスト:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*太陽が昇り始めるとエヴェレスト前方のヌプツェの壁も輝きを増してくるが、エヴェレストの西壁には全く光が届いていない。しかし、わずかに南東稜には光があたり始めたようである。

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15*朝日に輝くローツェ:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*朝日がローツェの壁全体に差しこみ、ローツェの周囲から雲が湧き立ってきた。

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16*新雪のアマダブラム:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*朝のアマダブラムは新雪に輝き、ホテル・エヴェレスト・ビユーのテラスの向こうの樹氷にも光が射しこんできた。

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17*朝日に輝くアマダブラム:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*エヴェレストの南南西に位置するアマダブラム峰は、エヴェレストの門番のように両肩を張って太い首をやや傾けて立っている。その立ち姿はヒマラヤ連峰の中でも際立っており、世界の名峰の一つにランクされている。なお、アマダブラムとは《母親の首飾り》という意味だそうである。

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18*新雪のタムセルク:シャンボチェにて*新雪の朝、シャンボチェ周辺を散歩し、樹氷の木々を撮影する。紺碧の空に映える樹氷をバックにタムセルクが輝いている。

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19*雲間のタムセルク:シャンボチェにて*午前中の斜光線が射しこむタムセルクを撮影に、シャンボチェ飛行場付近の丘に出かけてみた。丁度、手前の丘に見えるロッジに光が射しこみ、その上空の雲間からタムセルクが氷壁を見せ始めた。

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20*雲湧くタムセルク:シャンボチェにて*タムセルクはシャンボチェ飛行場か真正面に見え、ヒマラヤ襞をつけた峻峰である。とくに雲の湧き立つ中のタムセルクは、私が好んで撮影する名峰の一つである。

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21*朝日に輝くタウツェ:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*午前中の光を山容全体で浴びて立つタウツェ峰は実に雄大である。写真左下に見えるモンラ峠(4200m)にも朝日が射しこんで見える。

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22*新雪のエヴェレスト山群:エヴェレスト・ビュー・ホテルのテラスにて*この日の朝のシャンボチェ周辺は新雪に覆われ、木々は樹氷を纏い、彼方のエヴェレスト山群も朝日を浴びて輝いていた。(写真左からタウツェ6501m、雲に覆われているのはエヴェレスト8848m、その右ローツェ8516m、一番右アマダブラム6812mである)  
                                       
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23*撮影スナップ・アマ:ダブラムをバックに:1997/10:ネパール・シャンボチェ3800m* 《完》
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by chusan8611 | 2008-11-28 13:24 | ヒマラヤ・トレッキング
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NO37:アンナプルナ南峰トレッキング紀行1997

私がヒマラヤに興味を持ち始めたのは、1953年7月に白水社より刊行された「処女峰アンナプルナ」を読んだ時からです。1950年6月5日、モーリス・エリゾークを隊長とするフランス隊は、幾度も偵察を重ねた上でヒマラヤ8000峰の頂上に《人類初の足跡》を印したのです。しかし、その代償として下山中に嵐につかまり、生死の境をさまようことになります。本書は、初登頂を支えた隊員たちの友情と生還に向けての凄惨な脱出行を描いた不朽の名著です。

高校生の頃にこの本を読んで、ヒマラヤの高峰に憧れと興味を持ちはじめたのでした。1997年の夏から始めた私の《ヒマラヤ巡礼》の初巡礼も、この山「アンナプルナ」の見える場所へのトレッキングにしたかったのですが、1997年の秋に漸く実現しました。もっとも、モーリス・エリゾークが初登頂したのは「アンナプルナⅠ峰・AnnapurnaⅠ・ 8091m」ですが、私が初めて見て、撮影したのは「アンナプルナ南峰」です。しかし、アンナプルナ南峰も「どこまでも高く、そして大きい」山で圧倒されました。撮影場所は「オーストリァン・キャンプ地」からですが、天候にも恵まれ、ヒマラヤ高峰の表情を捉えることができました。

この時の撮影行は、山岳写真家・川口邦雄先生(先生にはこのヒマラヤン撮影ツアーで知り合い、その後、先生の薦めで友山クラブや日本山岳写真協会に入会し、私の本格的ヒマラヤ撮影が始まりました)、カトマンズへのフライトもJALのチャーター便が就航し、関西国際空港からの直行便で快適な空の旅を満喫しました。

2008-11-17  加藤忠一記 

                            
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01*トレッキング・ロード1:ルムレにて*ネパールヒマラヤのアンナプルナ山群登山基地である《ポカラ》でシェルパ(登山ガイド)とポーター(荷物運搬&食事担当)たちと合流し、マイクロバスにて山村・ルムレに向かう。ここからアンナプルナ山群の展望台《オーストリアンキャンプ》へは一泊二日の旅となるが、途中の道は、住民の生活道路で何度も牛や羊とも出会う。

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02*農村風景1:チャンドラコットにて*トレッキング道路の左右は、標高4000m付近までは畑が続き、四季折々の作物が植えられている。この付近ではヒエやアワが栽培されていた。

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03*農村風景2:チャンドラコットにて:*この地帯の農民住居は茅葺の粗末な小屋もあり、狭い耕地は段々畑が果てしなく続く。

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04*チャンドラコットの村風景:チャンドラコットにて*トレッキング初日はチャンドラコット(標高1500m)という小さな部落の畑を借りてテント宿泊となる。標高が低くブーゲンビリアなどの花が咲き乱れ、日干し煉瓦の家並みが美しい。

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05*チベット族の青空市場:チャンドラコットのテント場にて*チャンドラコットはアンナプルナ方面へのツアーでよく利用されているテント宿泊地で、ここでは、朝早くからチベット族の青空市場が開かれ、観光みやげが売られていた(写真左:ヒウンチュリ・Hiunchuli 6,441m、写真右:マチャプチャレ・Machhapuchhare 6993m)。

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06*チャンドラコットの村風景2:チャンドラコットにて*オーストリアン・キャンプ地へは谷合いの村々を通り過ぎて行くが、その谷間は段々畑が続き、彼方にはアンナプルナの名峰が見え隠れする(写真左:アンナプルナ南峰、写真中央左:ヒウンチュリ、写真右マチャプチャレ)。

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07*チャンドラコットの村風景3:チャンドラコットにて*11月中旬は天候が安定し、毎日《日本晴れ》が続いた。畑が朝陽の斜光線に輝き、谷間の向こうにアンナプルナ山群が聳え立つ。

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08*着生ラン:オーストリアン・キャンプ地下部にて*オーストリアン・キャンプ地途中の樹林帯には紫・ピンク・白と色とりどりの着生ランが咲いている。

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09*オーストリアン・キャンプ地にて*オーストリアン・キャンプ地は標高2,200mと低地で高山病の心配もなく、整地された快適なキャンプ地である。早速、シェルパ&ポーターが宿泊テントや食堂テント、トイレテントなどを手際よく張ってくれる。

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10*アンナプルナ山群の眺望:オーストリアン・キャンプ地にて*このキャンプ地からのアンナプルナ山群の眺望は、まさに天下一品である。紺碧の空に形の良い雲をまとい、アンナプルナ1峰(8091m)は望見できないものの、アンナプルナ南峰(7219m)・ヒウンチュリ(6441m)・マチャプチャレ(6993m)・アンナプルナⅣ峰(7525m)・アンナプルナⅡ峰(7937m)とアンナプルナ山群の名峰が連なって見える(写真左から)。

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11*オーストラリアン・キャンプ地の日の出:オーストリアン・キャンプ地にて*一般的にヒマラヤの朝焼けや夕焼け、星空などは、標高が高いことや空気が澄んでいることから実に見事である。この日の《日の出》も大きく・真っ赤な太陽が昇り始め、アンナプルナ山群上空の朝焼けを予感させた。

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12*笠雲燃えるアンナプルナ南峰:オーストリアン・キャンプ地にて*東の空から走り込んだ朝日の第一光はアンナプルナ南峰に架かっていた笠雲の中を走り抜けて行った。同時にその笠雲が赤く染まって行く。カメラマンにとって《至福》の瞬間である。

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13*曙光のアンナプルナ南峰:オーストリアン・キャンプ地にて*朝日が昇り始めるとアンナプルナ南峰の頂上に日が射し込み、頂上付近が赤くぽつんと染まり始める。

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14*真っ赤に染まるアンナプルナ南峰:オーストリアン・キャンプ地にて*頂上に射し込んだ曙光は次第に下部に移動し、アンナプルナ南峰全体に光が届いた瞬間、峰の全体が真っ赤に燃え、《雄叫び》を上げ始める。

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15*ピンク色のアンナプルナ南峰:オーストリアン・キャンプ地にて*真っ赤な光のショーが数十秒で終わると山稜は淡いピンク色になって行く。

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16*白さに変わるアンナプルナ南峰:オーストリアン・キャンプ地にて*アンナプルナ南峰の《朝焼けシヨー》は数分で終わり、最後は白っぽい光に山容が包まれて行く。

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17*白きアンナプルナ南峰:オーストリアン・キャンプ地にて*数分の朝焼けショーが終わると、カメラマンのシャター音も消え去り、キャンプ地に静けさが戻って行く。

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18*アンナプルナⅣ峰とⅡ峰:オーストリアン・キャンプ地にて*オーストリアン・キャンプ地から見てアンナプルナ山群の右手後方にはⅣ峰(7525m・写真左)とⅡ峰(7937m・写真右)を望むことが出来る。

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19*マチャプチャレ Machhapuchhare 6993m:オーストリアン・キャンプ地にて*ヒマラヤの高峰の中でも、このマチャプチャレは形の良さではNO1を誇る名峰である。頂上は双耳峰となり氷壁が朝日に染まる姿は実に神々しい。

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20*カーレ谷の子供たち2:カーレの谷にて*カーレ谷に点在する村々では、まっ先に子供たちの歓迎を受ける。

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21*カーレ谷の子供たち3:カーレの谷にて*ヒマラヤの子供たちはお手製の遊び道具で遊んでいる。この子供たちのお手製遊び道具は《ブランコ》である。

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22*カーレ谷の子供たち4:カーレの谷にて*ヒマラヤの子供たちの笑顔は実に清々しい。この子供は「ナマステー:こんにちは!」と言うと、満面に笑みを浮かべ両手を合わせて「ナマステー!」と応えてくれた。

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23*カーレ谷の子供たち5:カーレの谷にて*ヒマラヤでは風呂に入る習慣がないので(身体は手拭いで拭く程度のようである。乾燥しているので赤ちゃんなどは身体にはオイルを塗っているとも聞く)、多少臭いはするがなかなかの《オシャレ》でポーズもとってくれた。

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24*カーレ谷の子供たち6:カーレの谷にて*この子供のなんという清々しい笑顔であろうか。飴玉をあげるとニコッと笑ってくれた。その笑顔は折からの夕日を満面に受け、天空の一角を見つめていた。ヒマラヤの子供たちの笑顔は数多く撮影しているが、このカーレの子供の笑顔はベスト3にランクされ、私のお気に入りの一枚である。

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25*ポカラ・ペア湖のマチャプチャレ:ポカラにて*撮影終了後、出発地ポカラに戻り、ペア湖にある「フィシユ・テール・ホテル」に宿泊する。このホテルからはアンナプルナ連峰が展望でき、湖面に投影する逆さアンナプルナ連峰はすばらしい(いずれ、朝日に赤く染まる逆さアンナプルナは、別の撮影時に撮影したものを投稿する)。      
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26*撮影スナップ:アンナプルナ連峰をバックに:1997/10:ネパール・オーストリアンキャンプ2800m*
                             《完》
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by chusan8611 | 2008-11-17 20:30 | ヒマラヤ・トレッキング
CHUSANの写真ブログ《 感動発信! 感動共有! 》
NO36:錦秋涸沢2008(作品編)

《涸沢》は三方を北穂高岳3106m、涸沢岳3110m、奥穂高岳3190m、前穂高岳3090mに囲まれたカールで、日本を代表する氷河地形です。中央堆石丘(モレーン)の標高2300m地点には涸沢ヒュッテがあり、10月中旬に5日間ほど滞在し、錦秋の涸沢を撮影してきました。

秋の涸沢は、燃えるようなナナカマドの黄色&赤色や山肌に映える草紅葉に染まり、まさに、《錦絵の山岳美》を現出してくれます。

私が滞在した5日間は雨・雪・曇り・快晴・霧と天候が変化し、それに伴い、涸沢はいろんな表情を見せてくれました。涸沢での一日の撮影スケジュールは、
*AM4:30起床、撮影ポイント着AM5:30、AM6:00朝やけの穂高連峰撮影
*AM9:00~11:00奥穂高岳登山道周辺のナナカマド撮影
*PM3:00~4:00丸山周辺の撮影
*PM8:00~10:00天候により月&星の撮影
というスケジュールで撮影してきました。とくに、朝焼けの穂高連峰は、毎日、快晴に恵まれ、「これが日本の山だろうか?」と思われるほど《真っ赤》に染まってくれました。ここ10数年、ヒマラヤ高峰の朝焼けを撮影してきましたが、ヒマラヤに劣らない見事な赫光の穂高連峰でした。

山岳撮影も一般の風景写真と同じで、光の射し具合が勝負ですから、撮影も朝夕が勝負となり、昼間はのんびりとヒュッテの展望台でビールやコーヒーを飲みながら談笑していました。丁度、《星明りの穂高》を撮影に見えられた山岳写真家「藤田弘基氏」(藤田さんとはヒマラヤ撮影でご一緒したことがあります)や穂高や槍ケ岳撮影の第一人者「近藤達朗氏」(近藤さんは涸沢ヒュッテでの写真教室を25回も開催し、私も今回参加させていただきました)の先生たちと山岳撮影談議をしてきました。いずれにしても、今回の涸沢紀行はすばらしい撮影行でした。(投稿作品:PENTAX645Nで撮影した作品)     2008-11-6 加藤忠一記

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01*錦絵・涸沢カール:涸沢ヒュッテにて*涸沢ヒュッテの展望台に出てみると、そこは文字通り、《錦絵の世界》であった。ナナカマドは多少葉が落ちかけてはいたものの、北穂南稜末端にある《涸沢小屋》付近もナナカマド&這松&草紅葉など赤・黄・緑の三色に彩られ、涸沢岳には形の良い雲が流れ去って行った。

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02*ナナカマド競彩:丸山にて*ここ丸山は《秋の涸沢》撮影の定番ポイントで、数多くの作品が撮られている。丸山右手中央に緑の這松を配し形と色合いの良いナナカマドを上手に構成すれば良いが、私が訪れた時は、時期的に盛りが過ぎ去り色合いも黒ずんできて落葉も見られた。しかも、光線状態もフラットであり、涸沢岳の雲の出方も平凡であった。形の良い雲が流れ、這松付近にスポット光線が射しこみ、ナナカマドが鮮やかな色合いを見せてくれたら申し分ない。

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03*北穂高岳と南稜付近の紅葉:丸山付近にて*丸山右末端からは北穂高岳と南稜が見渡せる。ここからの紅葉風景も捨て難い。強烈な斜光線を期待して暫らく待ってみたが、このときは、薄日が射しこんだだけで終わってしまった。

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04*新雪の涸沢カール三段模様:涸沢ヒュッテ付近にて*昼過ぎからの雨が霙となり、期待していた降雪となった。小降りとなったところでヒュッテ展望台に出てみると涸沢岳下部から這松の丘付近まで積雪が見られ、不十分ながらも、手前のナナカマドの赤と相まって《三段模様の涸沢カール》を演出していた。

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05*ナナカマドの実と新雪の涸沢カール:涸沢ヒュッテ付近にて*ナナカドの実に雨露がついていたので、形の良いナナカマドを見つけにヒュッテ展望台を下る。一本のナナカマドをみつけ、縦位置で切り取ってみた。

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06*ナナカマドの実と晴天の涸沢カール:涸沢ヒュッテ展望台下にて*燃えるようなナナカマドも見事であるが、落葉した枝にいくつかの実を残している風情もすばらしい。私はむしろ落葉した枝にわずかに残るナナカマドに魅力を感じる。広角レンズでパンフォーカスに切り取ってみた。
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07*奥穂高岳と三色のナナカマド:涸沢ヒュッテ下パノラマロード入口にて*ガレ場の斜面には赤・黄色などのナナカマドが夕方の斜光線に輝き、背後の奥穂高岳には雲が何度となく流れ去って行った。

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08*前穂吊尾根と真っ赤なナナカマド:涸沢ヒュッテ下パノラマロード入口にて*折からの斜光線に輝く真っ赤なナナカマドご実に見事であった。前穂高岳吊尾根には雲が流れだし、出来るだけナナカマドに近づき切り取ってみた。

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09*逆光線に輝く黄色いナナカマドと前穂高岳三本槍:奥穂高岳登山道にて*夕方近くになると前穂高岳吊尾根にも光が届き始める。明神岳側からの斜光線が射しこむと黄色いナナカマドが逆光に輝き始める。

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10*真っ赤に燃えるナナカマドと北穂高岳&涸沢槍:奥穂高岳登山道にて*実に見事な色合いである。折からの順光気味の光線に照らされ、誇示するように真っ赤な色を見せていた。涸沢槍の頂上付近に雲が昇り始めるのを待ってシャッターを切ってみた。

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11*黄色いナナカマドと奥穂高岳:奥穂高岳登山道にて*涸沢ヒュッテから奥穂高岳への登山道周辺には大小・色合い様々なナナカマドが見られる。背後には前穂&奥穂&北穂と日本有数の名峰が聳え立ち、雲との組み合わせを考えながら何枚もシャッターを切ってみる。

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12*黄色いナナカマドと涸沢岳:奥穂高岳登山道にて*姿見の良さでは奥穂高岳登山道周辺ではNO1のナナカマドである。645レンズの35mm(35mmカメラ換算21mm)で50cmほどまで近づいて撮ってみた。

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13*投影する涸沢岳:涸沢小池平にて*朝やけの穂高連峰のドラマが終わると、すぐさま小池平に移動し、小池に投影する涸沢岳や北穂高岳を撮影する。この朝の小池平は暖かく水面に氷がなく波風も立たず、水面には北穂や涸沢岳が投影していた。

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14*氷面に投影の涸沢岳:涸沢小池平にて*翌朝は冷え込みが厳しく、行ってみると小池一面に氷が張り、涸沢岳の投影は見られなかった。それでも氷面の紋様と朝やけの涸沢岳の赤みを帯びた姿が面白くシャッターを押してみた。

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15*涸沢岳に落ちる満月:涸沢ヒュッテ展望台にて*《星明りの穂高》もテーマの一つで一度挑戦してみたが、満月のため昼間のように山容が明るく撮れてしまい、星の流れ方も悪く、作品にはならなかった。しかし、満月が丁度涸沢岳に落ちて行くシーンが見られ、山肌の草紅葉模様もくっきりと映し出された。

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16*夕照の涸沢岳:涸沢ヒュッテ付近にて*滞在中、穂高連峰は夕日に山稜が赤く染まることがなく、何度となく夕焼けの穂高連峰を待ってみたが、この写真のように涸沢岳頂上付近がわずかに染まった程度で終わってしまった

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17*朝霧と涸沢岳:涸沢小池平付近にて*夜明けから日の出までの涸沢はいろんな表情を見せてくれる。この日は朝霧が涸沢岳下部を帯状に流れて行き、その霧に光が射しこむとたちまちピンク色に染まって行った。霧の中の草紅葉も面白い。

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18*草紅葉と涸沢岳:涸沢小池平付近にて*朝霧が流れ去ると涸沢岳の山容もくっきりと見えてくる。朝日が涸沢岳の下部にまで達したころでシャッターを押す。

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19*夜明けの涸沢岳:涸沢小池平付近にて*夜明け前の涸沢岳の表情である。まだ朝陽の射しこまない涸沢は静まりかえっている。

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20*赫光の涸沢岳:涸沢小池平付近にて*朝陽が射しこみ始めると涸沢岳は吠えるがごとく山容を真っ赤に染め上げて行く・カメラマンが一斉にシャッターを切る至福の時である。

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21*朝焼けに染まり始めて行く涸沢岳:涸沢小池平付近にて*朝焼けも時間の経過と共にその色合いが変化する。この写真は真っ赤に燃えた後、赤味が多少とれた頃にシャッターを押した一枚である。

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22*朝焼けの奥穂高岳:涸沢小池平付近にて*山容の面白さからどうしても涸沢岳と涸沢槍にレンズが向いてしまいがちであるが、奥穂高岳も実に堂々として聳え立ち、山肌を赤く染めた姿はすばらしい。

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23*朝日に染まる北穂高岳:涸沢小池平付近にて*北穂高岳は涸沢からの登山者で奥穂高岳に次ぎ人気のある山と聞く。南稜ルート経由が比較的登りやすいかでもあるが、涸沢からの姿は雄大である。

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24*雲上がる赫光の涸沢岳:涸沢小池平付近にて*今回の撮影で最も撮影枚数の多いのが、赤く染まった涸沢岳である。この涸沢岳の朝焼けはヒマラヤにも劣らない天下一品の山岳絶景シーンであり、私の脳裏に深く刻み込まれたワンショットである。  《完》
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by chusan8611 | 2008-11-07 20:23 | 日本の山岳風景
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NO35:秋彩涸沢紀行2008(デジカメ編)

2008-10-30に放映された、NHK総合テレビ「紅葉と雲上の絶景《秋の北アルプスを行く》」をご覧になり、感動された方もいるかと思いますが、久しぶりに秋の涸沢を訪ね、山岳紅葉を思う存分撮影してきました。

北アルプスの涸沢は青春時代の思い出がたくさん詰まった地で、北アルプス縦走の行き帰りに何度となく訪れた場所です。10月中旬から一週間ほどをかけ、《錦秋の涸沢》を訪ねましたので、そのときの様子を何枚か投稿してみます。

秋の涸沢撮影行はいつか行くつもりでいたのですが、ここ10数年は秋にはヒマラヤ撮影が続き、チャンスがありませんでした。今年の秋も10月中旬からタクラマカン砂漠横断撮影の予定が入っていましたが、一連の中国社会情勢の悪化で、外務省から《中国ウイグル自治区への渡航自粛》情報が出され、やむを得ず来年に延期となり、それが幸いして、今回の涸沢撮影が実現しました。

今回の撮影行では松本在住のM氏(私の40年来の友人で山岳愛好家:涸沢には毎年四季を通じて通い、涸沢ヒュッテでは名物男)が段取りをつけてくれました。宿泊地《涸沢ヒュッテ》では個室利用その他格別の配慮をいただき、帰りにはヘリコプターを手配してくれまして、涸沢上空から空撮をしながら上高地まで5分のフライトも楽しみました(徒歩で下山となると私のペースで約8時間)。

今年の涸沢の紅葉は10月10日前後がピークのようでしたが、私の訪れた時には若干盛りを過ぎた感がありました。それでも毎日天候に恵まれ、雨・霧・雲・降雪・晴れと脇役たちのお陰でイメージ通りの撮影ができました。(デジカメ・ニコンD200&リコーDⅡ・撮影作品)
 
2008-11-6 加藤忠一記

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01*色づきはじめた梓川沿いの紅葉:徳沢園付近にて*上高地入りはPM3:00頃となり、遅い昼食後、宿泊地《徳沢園》を目指す。徳沢園へは上高地から2時間、梓川沿いの明神岳を見ながら進む。この辺りは紅葉がはじまりかけていた。下山する頃は見ごろとなり、上高地は観光客であふれていることだろう。

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02*ブナ林の紅葉:本谷橋下にて*徳沢園にて一泊後横尾山荘から涸沢カールに入る。横尾山荘は槍ケ岳と穂高岳への分岐点に位置している。梓川の吊り橋を渡り、本沢をつめて涸沢に向かう。途中にブナの大木林が見事に黄葉し、リコーデジタルⅡの21mmレンズで逆光・半逆光のブナ林を撮りまくる。

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03*本谷橋の吊り橋を行く:涸沢本谷橋にて*横尾山荘から2時間ほどで吊り橋に到着。この河原で早めの昼食をする。雪解け水が流れ、周囲の紅葉を見ながら徳沢園特製の握り飯を食べる。

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04*ナナカマドの紅葉:本谷上部にて*いよいよ本谷橋からは急坂がはじまる。久しぶりの登山で息が切れるが登山道左右の木々が見事に紅葉し気持ちを和ませてくれる。

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05*額縁の中の涸沢槍ケ岳:本谷上部にて*この付近は標高が高く、ダケカンバはまだ緑色の葉を見せてくれる。撮影ポイントを探していると枝の中央がぽっかりと空き、その向こうに雲の乱舞する涸沢槍が見えた。早速、額縁の中の《涸沢槍》にシャッターを押し続ける。

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06*紅葉と穂高岳:涸沢ヒュッテ直下にて*本谷を上り詰めると前方に奥穂高岳と前穂吊尾根が見え始める。石畳登山道の左右はナナカマドが紅葉していた。

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07*涸沢カールをバックに:涸沢ヒュッテ展望台にて*徳沢園から6時間ほどで唐沢ヒュッテ着。早速、写友が記念スナップをパチリ。紅葉は盛りを過ぎていたが、山肌の草紅葉が赤く映え、右下にはカールのテント場が見える。

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08*夜の涸沢カール:涸沢ヒュッテ展望台にて*涸沢は日本アルピニズム発祥の地といわれ、豊かな残雪をいただく雪渓と穂高の岩場を求めて、たくさんのクライマーがこの地を訪れる。夏には溢れるテント場も本格的な雪山シーズンを前にしたこの時期はテント数も少ない(写真左上部は涸沢小屋の灯り)。

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09*丸山の紅葉1:涸沢ヒュッテ下にて*秋の涸沢にはいくつかの撮影ポイントがあり、涸沢ヒュッテ下の小高い丘(通称・丸山)は色とりどりのナナカマドが紅葉し、背後には奥穂高岳・唐沢岳・涸沢槍を望むことが出来る定番のポイントである。

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10*丸山の紅葉2:涸沢ヒュッテ下にて*涸沢滞在は5日間にわたり、その間、雨・雪・曇り・快晴と天候が変化し、その時々のシーンを撮影できた。ナナカマドもいろんな色合いを見せ、レンズを換えながら切り取ってみた。

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11*ナナカマドの実と涸沢岳:涸沢ヒュッテ展望台下付近にて*私の訪れた10月中旬はナナカマドほかの紅葉も若干盛りを過ぎ、山肌の草紅葉も多少黒っぽくなっていた。唐沢ヒュッテの話では一週間前は見事であった由。ただし、一週間遅れとはいえ、この写真のように、枯れ葉が落ち実の残った枝ぶりのナナカマドも捨てがたく、むしろ、真っ赤に紅葉した派手なナナカマドより面白いとも思われる。

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12*丸山の紅葉3:涸沢ヒュッテ下にて*丸山の紅葉は撮影位置やレンズによっていろんな表情を見せてくれる。この写真の切り取り方が一般的で、数多くのプロが写真集などに収めている構図のようである。たしかに、天候が晴れた午前中の斜光線の中、見事に色づいた色とりどりのナナカマドが輝き、彼方の涸沢岳には形の良い雲が上っていれば申し分ない。

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13*ナナカマド競彩:涸沢ヒュッテ下にて*涸沢ヒュッテ下の《パノラマロード》付近の斜面には緑色の残った木々も見え隠れし、秋色の競演といった風景が見られた。色合いの構成を見ながらナナカマドだけを切り取ってみた。

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14*雨の中の紅葉:涸沢ヒュッテの部屋から*到着翌日の午後から雨となり、稜線にはガスがかかり始めた。外の天気を確認中に、本谷の向こうに形の良い霧が流れ、目の前のダケカンバには雨粒が付着していた。

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15*新雪と紅葉の山肌:涸沢ヒュッテ展望台下付近にて*午後の雨は夕方近くから霙から雪となった。雪が止んで展望台に出てみると、涸沢岳の低く垂れこめた雲間には新雪が付着していた。翌朝、気温が下がり、もう少し降雪があり晴れてくれれば、《三段模様の涸沢》が見られるかも知れない(現実は期待通りには行かず気温高めでこの日以降は降雪なく三段模様は幻に終わった)。

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16*真っ赤なナナカマドと涸沢岳:奥穂高岳への登山道にて*滞在3日目から快晴続きの天候となり、絶好の撮影日和となった。奥穂高岳登山ルートのあちこちに形の良いナナカマドがあり、それを前景に奥穂岳や涸沢岳をバックにパンフォーカスに切り取ってみた。

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17*真っ赤なナナカマドと前穂高岳吊尾根:涸沢ヒュッテ下にて*涸沢ヒュッテ下の《パノラマロード》付近には真っ赤な形の良いナナカマドがあちこちに見られる。それらの葉が斜光線に輝き見事である。前穂吊尾根が入るように構図しながら何枚かシャッターを切ってみた。

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18*黄色いナナカマドと涸沢岳:奥穂高岳への登山道にて*黄色のナナカマドも色鮮やかである。出来るだけ近寄って広角レンズで絞り込んで撮ってみた。ときどき風が吹くと葉がぶれるので風が止んだ時を見計らってシャッターを切るが、風が止んだ時には唐沢岳や奥穂高岳の頂上に出ていた雲が消えてしまったり、タイミングが取りづらい。

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19*真っ赤なナナカマドと涸沢岳:涸沢ヒュッテ下にて*ここ丸山からの紅葉と涸沢岳の撮影は撮影時刻や天候によりその表情が一変する。形と色合いの良いナナカマドを見つけ、斜光線を待ち、涸沢岳に形の良い雲が出るのを待つ。

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20*北穂高岳稜線下の紅葉:涸沢ヒュッテ下にて*北穂高岳稜線下にもすばらしい紅葉ポイントがある。北穂高岳への登山道右の谷間に薄日が差し込むと紅葉の木々が輝き始め立体的な景色が現出する。

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21*涸沢ヒュッテのヘリポート:涸沢ヒュッテにて*涸沢滞在中は朝・昼・夕と涸沢カールの表情を撮り続け・夜は星空と満月が涸沢岳に落ちるのも撮影できた。久しぶりの充足感を味わい涸沢を後にした。帰りは涸沢ヒュッテ小林銀一会長の計らいで「ヘリコプター下山」となった。

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22*空撮1・紅葉の涸沢ヒュッテ全景*私はパイロットと隣に乗り込み、涸沢カールや穂高連峰・槍ケ岳などを撮りまくった。涸沢ヒュッテ離陸から前穂高岳吊尾根経由上高地ヘリポートまで所要時間5~6分である。徒歩下山となれば私の足で8時間ほどかかる。パイロットは離陸すると涸沢カールを一周旋回しながら前穂高岳吊尾根上空越えをしてくれた。

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23*空撮2・槍ケ岳*涸沢カールを左旋回すると北アルプスの名峰《槍ケ岳3180m》が飛び込んできた。あらかじめセットした500分の1の高速シャッターで撮り続けた。槍ケ岳をズームインした場面では赤い屋根の《槍ケ岳肩の小屋》もはっきりと捉える事が出来た。

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24*空撮3梓川と上高地帝国ホテル*上高地上空では《河童橋》や私の定宿《西糸屋》も捉える事が出来、ヘリポート付近上空では《帝国ホテル》(画面中央やや下の右の赤い屋根の建物)や《上高地温泉ホテル》の赤い屋根なども見え隠れしていた。

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25*空撮4上高地ヘリポート*上高地までのフライトはあっという間に過ぎ去りヘリポートに到着。上高地の紅葉はかなり進み見ごろを迎えていた。   《完》
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by chusan8611 | 2008-11-06 18:15 | 日本の山岳風景