(22)個展《ヒマラヤ巡礼》第一部
2007年 07月 05日
Chusanの写真ブロブ《感動発信!感動共有!》
NO22:個展《ヒマラヤ巡礼》第一部
2007・7・24~7・29まで東京・四谷駅前の「ポートレートギャラリー(日本写真会館)で個展《加藤忠一山岳写真展*ヒマラヤ巡礼》を開催することになりました(案内ハガキはブログ《chusanのハマ通信》の記事参照)。
1995年から始めたヒマラヤ巡礼トレッキングで撮ってきた作品の中から、58点を展示することにしました。東京近郊在住者のみなさんへはご案内済みですが、地方在住者のみなさんや個展会場へ来られなかったみなさんに、作品内容をご高覧いただきたく、展示作品58点(全倍45点・600mm×900mアルミパネル加工:四つ切14点・254mm×305mmボード加工)をブログ投稿しました。
PARTⅠ ネパール・ヒマラヤ 全倍16枚
PARTⅡ パキスタン・カラコルム 全倍8枚
PARTⅢ 中国・シャングリラ 全倍11枚
PARTⅣ 中国・チベット 全倍10枚
PARTⅤ Himalaya ある日あるとき 四つ切14枚
の五つのPARTに分けて展示しました。
(私の既刊写真集《ヒマラヤの高峰》・《ヒマラヤのお花たち》・《シャングリラ紀行》も会場に展示しました)
ブログ公開は二回(第一部*ネパール・ヒマラヤ&パキスタン・カラコルム:第二部*中国シャングリラ&中国チベット&Himalayaある日あるとき)に分けて投稿します。
なお、各作品の下段に簡単な「撮影メモ」を付けておきました。写真をご覧いただく際の参考にしてください。
2007-7-10 加藤忠一記
~個展会場入口掲示挨拶パネル~
《ヒマラヤ巡礼》*ご挨拶*《Himalayan Photography 2007》
還暦を機にはじめた私の《ヒマラヤ巡礼》も今年で12年目を迎え、その間、ネパール:ヒマラヤ、パキスタン:カラコルム、中国横断山脈、中国チベットなど通算15回に亘り撮影ツアーを楽しんできました。私がはじめてヒマラヤを訪れたのは1995年7月のランタン・コーラ(谷)でした。「世界一美しい谷」と紹介されているランタン谷での美しい高山植物との出合い、苦しかったゴ-キョピークの登り、氷河湖の畔での青いケシとの感激の対面、高山病に悩まされたチベット・パンラ峠やチョモランマBCでの撮影、見事なカイラス山の夕焼けなど想い出は尽きません。それら甦ってくる想い出のいくつかを作品として纏めてみました。
ヒマラヤ巡礼では山岳写真家・川口邦雄先生(日本山岳写真協会長)に何回もご一緒し、数々のご教示をいただきました。また、写真仲間(友山クラブ・日本山岳写真協会など)の人たちに支えていただき楽しい撮影行ができました。ここに、あらためて感謝申し上げます。
なお、本作品はエプソン・イメージング・ギャラリーのご協力をいただき、大型ロールプリンターPX-9500によりデジタルプリント(600mm×900mm)をしたものです。
ヒマラヤ巡礼では、いくつもの楽しく・すばらしい感動の出合いがあり、その度に、たくさんのエネルギーを注入されました。これからも《人生は感動の旅路》を続けて行きたいと思っています。
本日はご高覧いただきありがとうございました。
2007-7-24
日本山岳写真協会員
友山クラブ会員 加藤忠一
《DM作品》ヒマラヤ巡礼への道
撮影地:中国チベット・パンラ峠5200m
「白き神々の座」・・・人はそれをヒマラヤと呼ぶ。標高8848mの
エヴェレストを頂点に、8000mを越える巨峰は、この地球上にわ
ずか14座しかない。ヒマラヤをチベット側から巡礼するためパンラ
峠5200mに立つ。この峠に立つとヒマラヤ山脈の大展望が展望で
き、14座の巨峰のうち四座を見ることが出来る。
左からマカルーmakalu8463m、中央にローツェLhotse8516mとチ
ョモランマ(英名エヴェレスト)Chomolangma8848m、さらに右に
チョ・オユーCho Oyu8201mである。さらに、ヒマラヤの壮大なドラマ
を求めて、パンラ峠を後にしてロンブク谷へとヒマラヤ巡礼は続く。
《作品1》遠い祈り
~後方の山・カンチェンジュンガ~
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
テント設営地から小高い丘を登りつめると急に視界が開け、遙か彼方に
カンチェンジュンガが望見できた。丘の手前にはチョルテン(仏塔)が
建ち、祈りの旗(タルチョ)が青空にはためいていた。
《作品2》カンチェンジュンガ
Kangchenjunga 8586m
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
この山は世界第三位の標高であるが、長い間世界最高の山と思われ
ており、ヒマラヤでも古くからその名前を知られていた。山名は
「五つの大きな雪の宝庫」という意味であるが実に朝焼けが見事であった。
《作品3》マカルー
Makalu 8463m
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
生憎の天候でテントの中で帰り支度をしていたとき、騒々しい物声
に外に出てみると、頂上を赤く染め上げたマカルーが現れた。頂上の
曙光の背後の空には、幾筋もの赤い雲が現れては消え去って行った。
《作品4》チャムラン
Chamlang 7319m
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
光はヒマラヤからというが、標高の高い順に曙光が差し込む。エヴェレ
スト山群のこの峰にも、最後の赤光が山稜全体を包み込むように輝き
はじめ、最後に三段模様の色彩の世界が現出した。
《作品5》エヴェレスト
Mt・Everest 8848m
撮影地:ネパール・ナムチェバザール3400m
ナムチェバザールの丘に登りエヴェレストの夜明けを待つ。
ローツェの雲間から朝光が差し込み、ヌプツェの山稜からエヴェレスト
の北東稜へかけての斜面をその光が駆け上って行った。
《作品6》クスムカングル
Kusum Kangguru 6367m
撮影地:ネパール・ナムチェバザール3400m
ナムチェバザールの丘に立つと、タムセルク峰の右手にこのクスム・
カングルが聳え立っている。頂上からは幾筋もの立派なヒマラヤ襞が走り、
山稜の一部が朝陽に輝き始めた。
《作品7》ヒマラヤへの祈り
~後方の山 左カンテガ・右タムセルク~
撮影地:ネパール・モンラ峠4200m
ゴーキョピークに行く途中、朝のタムセルクを撮影するためパンラ峠
のロッジで一泊した。翌朝は快晴で峠のチョルテン(仏塔)が朝日
を浴び、タルチョ(祈りの旗)が谷間からの風にはためいていた。
《作品8》タムセルク
Tamserku 6623m
撮影地:ネパール・モンラ峠4200m
夜明け前まで晴れ渡っていたタムセルクも、頂上に曙光が差し込むころ、
谷間から妖しい雲が湧き上がってきた。ガラスの塔のような頂上稜線が、
くっきりと浮かび上がり、ヒマラヤ襞がキラリと一瞬輝いてくれた。
《作品9》カンテガ
Kangtega 6779m
撮影地:ネパール・モンラ峠4200m
パンラ峠の谷から沸き上がってきた雲が、カンテガの山稜を包み込もう
としたとき、左手のアマダブラムから朝日が差し込み、カンテガの頂上
背後の雲が浮かび上がってきた。
《作品10》ヒマルチュリ
Himal Chuli 7893m
撮影地:ネパール・バーラポカリ3200m
マナスル三山では東端に位置する山である。マナスルの東壁に
光が差し込み、次いでピーク29からこのヒマル・チュリにも朝陽が
差し込み、雪煙を上げている頂上稜線を赤く染上げて行った。
《作品11》ピーク29
Peak 29 7871m
撮影地:ネパール・バーラポカリ3200m
マナスル三山はいずれも日本人が初登頂し、「日本人の山」として有名
である。その三山の真ん中に位置するのがピーク29である。期待して
待つこと数時間、雲間から現れたのは西日を浴びたピーク29だった。
《作品12》マナスル
Manaslu 8163m
撮影地:ネパール・バーラポカリ3200m
夕方になっても下から雲が湧きあがり目指す頂上を覆ってしまう。
諦めかけたときポーターが「出たぞ」と叫んだ瞬間、夕照のマナスルが現れ、
思わず何枚かのシャッターを切っていた。
《作品13》アンナプルナⅠ峰
Annapurna Ⅰ 8091m
撮影地:ネパール・プーンヒル3200m
ヘリコプターでポカラに帰る途中、さかんに雪煙を上げるアンナプルナ
山群が目に入り、プーンヒルに着陸してもらった。ここから見るⅠ峰は
壁が鋭く落ち込み、荒々しい様相を呈していた。
《作品14》アンナプルナ南峰
Annapurna South 7219m
撮影地:ネパール・オーストリアン・キャンプ2200m
アンナプルナ南峰の頂上に形のよい笠雲がかかりはじめ、それに向って
朝一番の光が射し込んできた。一瞬息をのむ静寂の中、山稜全体が赤く染
め上がって行った
《作品15》ダウラギリⅠ峰
Dhaulagiri Ⅰ 8167m
撮影地:ネパール・ラルジュン2600m
ダウラギリⅠ峰の東面を撮影しながらジョムソン街道を下り、
カリ・ガンダキ川の川原で曙光のダウラギリを待つ。イメージ通りに
頂上が赤くなりはじめ、その光は東面の氷河を駆け下りて行った。
《作品16》怪雲昇る
~雲行くダウラギリ峰~
撮影地:ネパール・ラルジュン2600m
ラルジュンでヘリコプターの到着を待っていたところ、ポーターたち
が何やら叫び始めた。その指差す方を見ると、ダウラギリ峰の頂上から
次から次へ雲が湧き出し、いろんな形の雲が天空に広がりはじめた。
《作品17》ナンガパルバット
Nanga Parbat 8126m
撮影地:パキスタン・メルヘンヴィーゼ3200m
この山は《魔の山》と呼ばれており、何人もの登山家を犠牲にしてきた
難攻不落の高峰でヒマラヤ山脈の最西端に位置する8000m峰である。
ドイツが国の威信をかけ何度もアタックし1953年に初登頂した。
《作品18》タカファリBCへの道
~写真後方・ミナピン氷河~
撮影地:パキスタン・バハクンド2800m
ミナピン村からポーターを雇い入れ、バハクンドの草原(写真上)で一泊
し、いよいよラカポシ&ディランのBCを目指す。テント・食料の荷物は
ラバに運ばせお花畑の斜面をゆっくりと登って行く。
《作品19》夕照のミナピン氷河
撮影地:パキスタン・タカファリBC3500m
タカファリBC手前の小高い丘に登ると、ミナピン氷河が左真下に流れて
いる。ディラン稜線に夕日が沈むと不気味な様相を呈し、夜中には崩落の
鈍い音がテントの中まで聞こえ、その音で何度となく目を覚まされた。
《作品20》ディラン
Diran 7257m
撮影地:パキスタン・タカファリBC3500m
ラカポシ山脈の東に位置し、北杜夫の著書《白きたおやかな峰》によっ
て日本ではよく知られた山である。生憎、山頂付近は雲に覆われてしま
ったが、朝陽に形の良い山稜が染まり始めた。
《作品21》怪雲乱舞のラカポシ山稜
撮影地:パキスタン・ タカファリBC3500m
朝早くからタカファリBCの丘で日の出を待つ。ラカポシ右の稜線から
朝日が差し込んだとき、谷間からの雲がラカポシの山頂を覆い始め、その
雲は大きく乱舞しながら山稜の向うに消え去っていった。
《作品22》ラカポシ
Rakaposhi 7788m
撮影地:パキスタン・タカファリBC3500m
ラカポシ山脈の西端に位置するフンザの名峰である。この山は麓のフンザ
川の岸から5500mもせり上がって壮大な山容を見せているが、撮影地
のタカファリBCから見ても均整のすばらしい山容を見せてくれている。
《作品23》トポップダン
Topopdan 6106m
撮影地:パキスタン・パスー村2500m
バトゥーラ氷河に入る前夜、パスー村でテントを張ったがフンザ川に出て
みると夕日を浴びて岩峰が輝きはじめた。主峰は画面中央の雪に覆われた
山であるが、いずれもピラミット形の尖峰で頂部は岩峰となっている。
《作品24》月光のヒマラヤ山脈
撮影地:中国チベット・パンラ峠5200m
夜明け前のパンラ峠で朝焼けを期待して待つ。日の出には間があったが、
折しも残月が天空にかかり、チョモランマ・ローッエ・マカルー・チョ
オユーなど8000m峰をはじめヒマラヤ山脈を青白く浮かび上がらせていた。
《作品25》バトゥーラⅠ峰
Batura Ⅰ 7795m
撮影地:パキスタン・プットマハル3400m
バトゥーラ氷河を二日間遡り、プットマハルでテントを張りバトゥーラ峰
を撮影した。天候にも恵まれ、とくに朝焼けと昼間の雲の流れが見事で
頂上付近にはいろんな形の雲が現れては流れ去っていった。 《完》
NO22:個展《ヒマラヤ巡礼》第一部
2007・7・24~7・29まで東京・四谷駅前の「ポートレートギャラリー(日本写真会館)で個展《加藤忠一山岳写真展*ヒマラヤ巡礼》を開催することになりました(案内ハガキはブログ《chusanのハマ通信》の記事参照)。
1995年から始めたヒマラヤ巡礼トレッキングで撮ってきた作品の中から、58点を展示することにしました。東京近郊在住者のみなさんへはご案内済みですが、地方在住者のみなさんや個展会場へ来られなかったみなさんに、作品内容をご高覧いただきたく、展示作品58点(全倍45点・600mm×900mアルミパネル加工:四つ切14点・254mm×305mmボード加工)をブログ投稿しました。
PARTⅠ ネパール・ヒマラヤ 全倍16枚
PARTⅡ パキスタン・カラコルム 全倍8枚
PARTⅢ 中国・シャングリラ 全倍11枚
PARTⅣ 中国・チベット 全倍10枚
PARTⅤ Himalaya ある日あるとき 四つ切14枚
の五つのPARTに分けて展示しました。
(私の既刊写真集《ヒマラヤの高峰》・《ヒマラヤのお花たち》・《シャングリラ紀行》も会場に展示しました)
ブログ公開は二回(第一部*ネパール・ヒマラヤ&パキスタン・カラコルム:第二部*中国シャングリラ&中国チベット&Himalayaある日あるとき)に分けて投稿します。
なお、各作品の下段に簡単な「撮影メモ」を付けておきました。写真をご覧いただく際の参考にしてください。
2007-7-10 加藤忠一記
~個展会場入口掲示挨拶パネル~
《ヒマラヤ巡礼》*ご挨拶*《Himalayan Photography 2007》
還暦を機にはじめた私の《ヒマラヤ巡礼》も今年で12年目を迎え、その間、ネパール:ヒマラヤ、パキスタン:カラコルム、中国横断山脈、中国チベットなど通算15回に亘り撮影ツアーを楽しんできました。私がはじめてヒマラヤを訪れたのは1995年7月のランタン・コーラ(谷)でした。「世界一美しい谷」と紹介されているランタン谷での美しい高山植物との出合い、苦しかったゴ-キョピークの登り、氷河湖の畔での青いケシとの感激の対面、高山病に悩まされたチベット・パンラ峠やチョモランマBCでの撮影、見事なカイラス山の夕焼けなど想い出は尽きません。それら甦ってくる想い出のいくつかを作品として纏めてみました。
ヒマラヤ巡礼では山岳写真家・川口邦雄先生(日本山岳写真協会長)に何回もご一緒し、数々のご教示をいただきました。また、写真仲間(友山クラブ・日本山岳写真協会など)の人たちに支えていただき楽しい撮影行ができました。ここに、あらためて感謝申し上げます。
なお、本作品はエプソン・イメージング・ギャラリーのご協力をいただき、大型ロールプリンターPX-9500によりデジタルプリント(600mm×900mm)をしたものです。
ヒマラヤ巡礼では、いくつもの楽しく・すばらしい感動の出合いがあり、その度に、たくさんのエネルギーを注入されました。これからも《人生は感動の旅路》を続けて行きたいと思っています。
本日はご高覧いただきありがとうございました。
2007-7-24
日本山岳写真協会員
友山クラブ会員 加藤忠一
《DM作品》ヒマラヤ巡礼への道
撮影地:中国チベット・パンラ峠5200m
「白き神々の座」・・・人はそれをヒマラヤと呼ぶ。標高8848mの
エヴェレストを頂点に、8000mを越える巨峰は、この地球上にわ
ずか14座しかない。ヒマラヤをチベット側から巡礼するためパンラ
峠5200mに立つ。この峠に立つとヒマラヤ山脈の大展望が展望で
き、14座の巨峰のうち四座を見ることが出来る。
左からマカルーmakalu8463m、中央にローツェLhotse8516mとチ
ョモランマ(英名エヴェレスト)Chomolangma8848m、さらに右に
チョ・オユーCho Oyu8201mである。さらに、ヒマラヤの壮大なドラマ
を求めて、パンラ峠を後にしてロンブク谷へとヒマラヤ巡礼は続く。
《作品1》遠い祈り
~後方の山・カンチェンジュンガ~
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
テント設営地から小高い丘を登りつめると急に視界が開け、遙か彼方に
カンチェンジュンガが望見できた。丘の手前にはチョルテン(仏塔)が
建ち、祈りの旗(タルチョ)が青空にはためいていた。
《作品2》カンチェンジュンガ
Kangchenjunga 8586m
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
この山は世界第三位の標高であるが、長い間世界最高の山と思われ
ており、ヒマラヤでも古くからその名前を知られていた。山名は
「五つの大きな雪の宝庫」という意味であるが実に朝焼けが見事であった。
《作品3》マカルー
Makalu 8463m
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
生憎の天候でテントの中で帰り支度をしていたとき、騒々しい物声
に外に出てみると、頂上を赤く染め上げたマカルーが現れた。頂上の
曙光の背後の空には、幾筋もの赤い雲が現れては消え去って行った。
《作品4》チャムラン
Chamlang 7319m
撮影地:ネパール・チョーキ2900m
光はヒマラヤからというが、標高の高い順に曙光が差し込む。エヴェレ
スト山群のこの峰にも、最後の赤光が山稜全体を包み込むように輝き
はじめ、最後に三段模様の色彩の世界が現出した。
《作品5》エヴェレスト
Mt・Everest 8848m
撮影地:ネパール・ナムチェバザール3400m
ナムチェバザールの丘に登りエヴェレストの夜明けを待つ。
ローツェの雲間から朝光が差し込み、ヌプツェの山稜からエヴェレスト
の北東稜へかけての斜面をその光が駆け上って行った。
《作品6》クスムカングル
Kusum Kangguru 6367m
撮影地:ネパール・ナムチェバザール3400m
ナムチェバザールの丘に立つと、タムセルク峰の右手にこのクスム・
カングルが聳え立っている。頂上からは幾筋もの立派なヒマラヤ襞が走り、
山稜の一部が朝陽に輝き始めた。
《作品7》ヒマラヤへの祈り
~後方の山 左カンテガ・右タムセルク~
撮影地:ネパール・モンラ峠4200m
ゴーキョピークに行く途中、朝のタムセルクを撮影するためパンラ峠
のロッジで一泊した。翌朝は快晴で峠のチョルテン(仏塔)が朝日
を浴び、タルチョ(祈りの旗)が谷間からの風にはためいていた。
《作品8》タムセルク
Tamserku 6623m
撮影地:ネパール・モンラ峠4200m
夜明け前まで晴れ渡っていたタムセルクも、頂上に曙光が差し込むころ、
谷間から妖しい雲が湧き上がってきた。ガラスの塔のような頂上稜線が、
くっきりと浮かび上がり、ヒマラヤ襞がキラリと一瞬輝いてくれた。
《作品9》カンテガ
Kangtega 6779m
撮影地:ネパール・モンラ峠4200m
パンラ峠の谷から沸き上がってきた雲が、カンテガの山稜を包み込もう
としたとき、左手のアマダブラムから朝日が差し込み、カンテガの頂上
背後の雲が浮かび上がってきた。
《作品10》ヒマルチュリ
Himal Chuli 7893m
撮影地:ネパール・バーラポカリ3200m
マナスル三山では東端に位置する山である。マナスルの東壁に
光が差し込み、次いでピーク29からこのヒマル・チュリにも朝陽が
差し込み、雪煙を上げている頂上稜線を赤く染上げて行った。
《作品11》ピーク29
Peak 29 7871m
撮影地:ネパール・バーラポカリ3200m
マナスル三山はいずれも日本人が初登頂し、「日本人の山」として有名
である。その三山の真ん中に位置するのがピーク29である。期待して
待つこと数時間、雲間から現れたのは西日を浴びたピーク29だった。
《作品12》マナスル
Manaslu 8163m
撮影地:ネパール・バーラポカリ3200m
夕方になっても下から雲が湧きあがり目指す頂上を覆ってしまう。
諦めかけたときポーターが「出たぞ」と叫んだ瞬間、夕照のマナスルが現れ、
思わず何枚かのシャッターを切っていた。
《作品13》アンナプルナⅠ峰
Annapurna Ⅰ 8091m
撮影地:ネパール・プーンヒル3200m
ヘリコプターでポカラに帰る途中、さかんに雪煙を上げるアンナプルナ
山群が目に入り、プーンヒルに着陸してもらった。ここから見るⅠ峰は
壁が鋭く落ち込み、荒々しい様相を呈していた。
《作品14》アンナプルナ南峰
Annapurna South 7219m
撮影地:ネパール・オーストリアン・キャンプ2200m
アンナプルナ南峰の頂上に形のよい笠雲がかかりはじめ、それに向って
朝一番の光が射し込んできた。一瞬息をのむ静寂の中、山稜全体が赤く染
め上がって行った
《作品15》ダウラギリⅠ峰
Dhaulagiri Ⅰ 8167m
撮影地:ネパール・ラルジュン2600m
ダウラギリⅠ峰の東面を撮影しながらジョムソン街道を下り、
カリ・ガンダキ川の川原で曙光のダウラギリを待つ。イメージ通りに
頂上が赤くなりはじめ、その光は東面の氷河を駆け下りて行った。
《作品16》怪雲昇る
~雲行くダウラギリ峰~
撮影地:ネパール・ラルジュン2600m
ラルジュンでヘリコプターの到着を待っていたところ、ポーターたち
が何やら叫び始めた。その指差す方を見ると、ダウラギリ峰の頂上から
次から次へ雲が湧き出し、いろんな形の雲が天空に広がりはじめた。
《作品17》ナンガパルバット
Nanga Parbat 8126m
撮影地:パキスタン・メルヘンヴィーゼ3200m
この山は《魔の山》と呼ばれており、何人もの登山家を犠牲にしてきた
難攻不落の高峰でヒマラヤ山脈の最西端に位置する8000m峰である。
ドイツが国の威信をかけ何度もアタックし1953年に初登頂した。
《作品18》タカファリBCへの道
~写真後方・ミナピン氷河~
撮影地:パキスタン・バハクンド2800m
ミナピン村からポーターを雇い入れ、バハクンドの草原(写真上)で一泊
し、いよいよラカポシ&ディランのBCを目指す。テント・食料の荷物は
ラバに運ばせお花畑の斜面をゆっくりと登って行く。
《作品19》夕照のミナピン氷河
撮影地:パキスタン・タカファリBC3500m
タカファリBC手前の小高い丘に登ると、ミナピン氷河が左真下に流れて
いる。ディラン稜線に夕日が沈むと不気味な様相を呈し、夜中には崩落の
鈍い音がテントの中まで聞こえ、その音で何度となく目を覚まされた。
《作品20》ディラン
Diran 7257m
撮影地:パキスタン・タカファリBC3500m
ラカポシ山脈の東に位置し、北杜夫の著書《白きたおやかな峰》によっ
て日本ではよく知られた山である。生憎、山頂付近は雲に覆われてしま
ったが、朝陽に形の良い山稜が染まり始めた。
《作品21》怪雲乱舞のラカポシ山稜
撮影地:パキスタン・ タカファリBC3500m
朝早くからタカファリBCの丘で日の出を待つ。ラカポシ右の稜線から
朝日が差し込んだとき、谷間からの雲がラカポシの山頂を覆い始め、その
雲は大きく乱舞しながら山稜の向うに消え去っていった。
《作品22》ラカポシ
Rakaposhi 7788m
撮影地:パキスタン・タカファリBC3500m
ラカポシ山脈の西端に位置するフンザの名峰である。この山は麓のフンザ
川の岸から5500mもせり上がって壮大な山容を見せているが、撮影地
のタカファリBCから見ても均整のすばらしい山容を見せてくれている。
《作品23》トポップダン
Topopdan 6106m
撮影地:パキスタン・パスー村2500m
バトゥーラ氷河に入る前夜、パスー村でテントを張ったがフンザ川に出て
みると夕日を浴びて岩峰が輝きはじめた。主峰は画面中央の雪に覆われた
山であるが、いずれもピラミット形の尖峰で頂部は岩峰となっている。
《作品24》月光のヒマラヤ山脈
撮影地:中国チベット・パンラ峠5200m
夜明け前のパンラ峠で朝焼けを期待して待つ。日の出には間があったが、
折しも残月が天空にかかり、チョモランマ・ローッエ・マカルー・チョ
オユーなど8000m峰をはじめヒマラヤ山脈を青白く浮かび上がらせていた。
《作品25》バトゥーラⅠ峰
Batura Ⅰ 7795m
撮影地:パキスタン・プットマハル3400m
バトゥーラ氷河を二日間遡り、プットマハルでテントを張りバトゥーラ峰
を撮影した。天候にも恵まれ、とくに朝焼けと昼間の雲の流れが見事で
頂上付近にはいろんな形の雲が現れては流れ去っていった。 《完》
by chusan8611
| 2007-07-05 15:03
| 個展・写真集